バンドマンと学園クイーンはいつまでもジレジレしてないでさっさとくっつけばいいと思うよ

星加のん

04 髪は女の命と聞きますが

 翌日。
 言うまでもなく早朝の登校だ。
 昨日は学校にいる間中、心ここに在らずで白昼夢の中にいるような状態で過ごし、はたと思いついて忘れないようにとスマホのToDoアプリに、イヤモニのクリップを準備して明日の朝羽深さんに渡すと打ち込んだりした。

 まあ結局そのことを忘れるなんてことはなく、いやむしろそのことで終始頭がいっぱいでまた眠れない夜を過ごす羽目になった。
 結果昨日にも増して目の下の隈は酷くなっている。

 昨日の帰宅後、献上品ならそれなりに気の利いたラッピングをしなくてはいけないのではないかと思い立ち、とはいえそんな気の利いたものを僕なんかが持っているわけもなく、大慌てで雑貨屋へと自転車を走らせることとなった。

 雑貨屋に到着したはいいものの、今度は数ある商品の中からどんなラッピングを選べば正解なのか分からず頭を悩ますこととなる。

 ない知恵を絞って絞ってやっと出てきたのは、クリップは千円程度のものなので、それに見合ったくらいの簡単なラッピングにすればいいのかなという考えだった。
 まあ概ね正解のような気がしたので、チェック柄の小さな紙袋と開け口に封をするためのかわいめのシールを購入した。

 帰宅後件のクリップを出して買ってきた袋に入れてから、せっかくなら何かメッセージ的なものを一筆書き添えたほうがいいのか、あるいはそういうのはうざがられるものなのか、皆目見当がつかずここでまた大いに頭を悩ませることとなる。

 ただ悩んでいても時間が無駄に過ぎていくだけだと思い、一筆箋的なものを購入するために再び雑貨屋へと自転車を走らせる。

 一筆箋やメッセージカードにもいろんなものがあって結局また何を選ぶかで頭を悩ませる羽目になった。
 散々悩み抜いた挙句、候補となるものを三点にまで絞り込んで結局三点とも購入して帰った。

 帰宅後はまたしてもメッセージを添えるべきかやめておくべきかで延々悩むこととなる。
 悩みに悩んだ末、その過程で思い起こした舌切り雀や花咲爺のエピソードから得られる教訓について吟味に吟味を重ねた末、欲をかいては最終的に悪い結果を招くものだという結論に達した。
 よって色気を出して余計なメッセージなど添えずに渡すことにした。

 シンプルな結論の裏にこんなにもの無駄が隠れているとは羽深さんには知る余地もあるまいなぁ。もっともクイーンはそれで良いのだ。

 さて、そんな思いをして準備したイヤモニクリップだが、もうすぐ教室に到着だ。これを渡せば昨日からの大計画も終了する。
 無事に任務を終えられるよう祈るばかりである。

「おはよー、楠木君!」

 教室に入るとこちらが挨拶するより先に羽深さんの方から元気よく挨拶された。
 これはクリップ献上に対する期待からだろうか。

「あ、おはよう……ございます?」

「もぉーっ。また敬語だし! しかもなぜか疑問形」

 思わず僕の語尾が上がってしまったのには理由がある。
 僕が教室の入り口に立つや否や、羽深さんはすっくと立ち上がり僕の方へ走り寄ってきて満面の笑顔で迎えてくれたのだ。
 その様子があまりにも神々しくて、おはようと言った後に、あ、これございます付けた方がよくね? と思ってしまったのだ。

 今はまたぷーっとほっぺを膨らまして僕に抗議しているが、正直なところその顔もかわいすぎて僕の目尻はだらしなく地面まで下がりそうだ。

「あの……はい、これ……」

 鞄に大事にしまっておいた例のブツを取り出して彼女に手渡す。

 絶対忘れちゃいけないと出がけに何度も鞄を開けて確認し、学校への道中の電車の中で何度も確認した。学校の玄関でも確認したし、極め付けに教室の入り口手前でも確認した。

 それだけ確認しただけのことはあってさすがに無事に羽深さんに渡すことができた。ふぅ。
 今は大仕事を成し遂げた達成感でいっぱいだ。

 僕が自分の座席に着くと羽深さんも目の前にやってきて嬉しそうに袋の中身を取り出した。
 ここまでの様子からするとラッピングも問題なかったようだ。悩んだ甲斐があったぜ。

 それにしてもあの羽深さんがこんなに近くにいるという現象。これは科学的には何と名付けられている現象なのだろうか。
 うっかりそんなことを考えてしまうくらい僕にとって不思議な現象が今眼前で起こっている。

「ねえねえ、これどうやって着けたらいいの? 楠木君、やってやって」

 て、天使からのおねだりだと……。
 く……まるで夢を見ているようだ。
 いよいよ僕も末期か……?
 しかし僕の重い症状は予断を許さない。

「はい」
とかわいくイヤホンとクリップを手渡されてしまい、受け取った僕の手はやばい薬に手を出して禁断症状でも出ているのかというくらいに震えている。

 もちろんやばい薬なんてやってない。でも幻覚症状も出ていることからするときっと脳内麻薬物質が出まくってこんなことになっているのかもしれないと不安は増すばかりだ。

 震えるやばい人みたいな手でどうにかこうにかクリップをケーブルに装着して羽深さんに再び返す。

 イヤープラグを両耳に突っ込む羽深さん。
 天使は耳の形まで美しい。古今東西ここまで完璧な耳があっただろうか。そんなこと僕も知らないが耳を見て美しいと思ったのは生まれて初めてのことだ。
 イヤホンを着ける所作の一部始終を間近に堂々と見ていられるなんて、これが妄想の産物だったら本当の本当に末期的だ。

 長めの髪の毛を左右のケーブルの間から引き抜くときに見えたうなじが美しくてドキドキする。
 いや実際にはさっきからドキドキしっぱなしだけど。

「楠木君、着けて」

 そう言って僕に背中を向けてクリップのところを指差す羽深さん。
 な、な、なんですとーっ!?
 自分で着けられると思いますがいいんですか!?

 しかし僕は固まる。

 クリップは羽深さんの髪の毛の下だ。
 襟にクリップを留めるには髪の毛に触れなくちゃならない。
 女性が好きでもない異性に髪の毛を触られるのを不快に感じることぐらい僕にだって分かってるのだ。

 そんな事情で僕はどうしたら良いか解決策を見出せず固まっているというわけだ。

「どうかした?」

 一向になんのアクションも起きないものだから、羽深さんはこちらを振り返ってキョトンとしている。

「いや……あのぉ……髪の毛……が……」

「ああ、邪魔だったら避けちゃって」

 そう言うやまた背を向けてしまった。

 いやそうは言っても文字通り天使の輪が輝くこの美しい髪の毛を不浄な我が手で触ってもいいものかどうか判断しかねますって!
 試練ですか!? これは何かの試練なのですか!?
 っ!?
 まさかのドッキリとか!?

 僕は辺りをキョロキョロ見回し、誰か隠れているのじゃないかとか隠しカメラがあるのじゃないかとか色々勘繰ってぐるりと見渡し探してしまった。

「もぉ、楠木君。早くぅ〜。ね、お願い」

 ズキューンだ。
 振り向きざま上目遣いからの「ね、お願い」ってもーーっ。ズキューンたまらーーーん!!
 これをやられちゃあどんな男だろうが、たとえそれがハニートラップだと分かっていたってもうどうにでもなれズキューーーーンだ。

 南無三!
 僕は心の中で短く念仏を唱えると、思い切って羽深さんの髪の毛に触れた。
 思い切った割に実際は恐る恐ると言った具合だったわけだが。

「ひゃんっ。くすぐったい」

 お陰でくすぐったかったらしく、彼女は身をすくめて再びこちらを振り返った。

「もぉ、楠木君、触り方がエッチ!」

 と思いもよらないことを言われてしまった。
 がーん、触り方がエッチだったのか!?
 念仏唱えて煩悩を滅却したつもりだったのに……。
 やはり僕は不浄な人間なのだな……。

 すっかり恐縮してしまった僕はそれ以上どうしていいか分からず、いよいよ本格的に挙動不審のやばいヤツと成り下がってしまった気がする。

「ほら楠木君、早くして」

 何、まだやる気……だと……?
 甘ったるい声で急かされるんだがもう頭の中はパニック状態だ。

 南無阿弥陀仏。悪霊退散!
 仏教徒じゃないので適切な念仏も知らないが、取り敢えず頭の中に浮かんだそれっぽいフレーズを脳内で唱えて、エイっとばかりに羽深さんの髪の毛を持ち上げる。

 と、そこには美しいうなじが……。
 ぶっふぅぉおーーーーーっ!
 と鼻血が盛大に噴出した気がしたが実際には出ていなかったようだ。

 はらはらと落ちるその美しい髪の毛を何度か拾い上げて左手で束ね持ち上げると、ようやく懸案のクリップを襟に取り付けることができた。

 困難を極めた任務もこれでようやく完了だ。
 思いの外手古摺ったためそろそろ時間切れだ。
 もう三日分くらいのエネルギーを消費したのじゃないかというくらいに消耗もした。

「あの……じゃあ僕はこれで。トイレに行ってきますね」

 と告げて早足で出口へと向かった。

「ごめんね。ひょっとして楠木君もエッチな気分になっちゃった?」

…………。

 ぶっふぅぉおーーーーーーっ!! 再び。
 僕はカーーーーッと頭に血が上ってもうわけが分からなくなって駆け足でトイレに向かった。ていうかエッチな気分になったからトイレに行くわけじゃありませんしーーーーーっ!!!

 はぁ〜〜〜。
 小便器へと向き合いつつ壁に向かって深くため息を吐く。
 天使なはずの羽深さんに弄ばれている気がするんだがなぜだろう……。

————あれれ……?

 楠木君もエッチな気分になっちゃった?
 楠木君も……?
 も?

————。

 ぶっふぅぉおーーーーーーーーーっ!!! 三度みたび

 天使改め小悪魔誕生の歴史的瞬間である。

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