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グローバル中小企業

ノベルバユーザー590165

残念な営業活動と将来の受注見込み


 1年のうち何度か忙しく過ごすことはあったが、それ以外のほとんどは、ルーティン作業だった。忙しい時というのは少し大きな案件が重なる時だった。装置ビジネスではよくあることだが、それぞれの顧客の注文状況に左右されるため、こちらの都合のいいタイミングで受注が分散してくれないのだった。仕事がないときは全くないにも関わらず、忙しい時には複数案件重なるのだった。
 運良く受注できた営業担当者は顧客とのやり取りで忙しく過ごす一方で、受注のない営業社員は仕事をしているフリをしていた。設計部門については、特定の社員に業務が集中しないように部内で協力して業務を進めていた。忙しいと言っても、少しサイズの大きい単体設備の案件が2~3件ほど重なる程度だった。設備製作経験の少ないトーマスにしてみれば、一大イベントだったのかもしれないが、山本には少し物足りなかった。サイズの大きい案件でも、売上規模にして1000万円~2000万円程度の案件だった。一方で山本が前の職場で扱ってきた生産ライン単位での投資になると、4億円~5億円の規模だった。金田はライン単位での受注を目指すと何度も発言していたが、そんなものは幻想のように思えた。数台の単体設備受注で満足しているメンバーに生産ライン一式での仕事などイメージできないかもしれないが、山本にしてみれば生産ラインを受注できない理由はいくつかあった。

 1つ目がトーマスでは複雑な設備仕様に対応できないということだ。プレス機を専門としているため、プレス部分のノウハウはあってもそれ以外のノウハウはない。生産ラインの単位で考えると、プレス工程以外の生産設備も請け負わなくてはならない。プレス機だけで1ライン成り立つ生産工程など、ほとんど存在しないからだ。中国拠点であれば設備のノウハウを持っているので、対応することは可能だった。ところが、顧客と中国拠点との間に入る日本拠点にノウハウが無いので、中国拠点をうまく利用することができない。これが2つ目の理由だ。
 3つ目の理由が顧客への納入実績だった。設備の納入実績がほとんどないトーマスへ生産ライン一式を発注するなどリスクが高すぎる。通常、単体設備で実績を積んだ後に複数工程の設備を受注し、その先に生産ライン単位での受注というステップになる。過去に取引実績のない会社がいきなりライン一式を受注することなど不可能だ。発注する側はそんなリスクのある決済をしない。
 4つ目が日本の製造業全体の投資状況だった。何十年も前から日本の製造業は、人件費の安い海外に生産移管してきた。日本で生産している会社も一部あるが、それは少数派だった。これから日本国内に大規模な投資をするなど、半導体などの自動化が進んだ業界で、世界的に大きなトレンドが来ている分野しかありえない。単純なプレス機を販売しているだけのトーマスにとって、国内需要を掘り起こすのは簡単ではなかった。
 5つ目が過去の営業活動だった。トーマスの売上が毎年少しずつ拡大していたことは事実だった。装置案件の売上が徐々に拡大していたが、過去の装置受注は、いずれも偶然の結果だった。営業社員を増員して受注活動に力を入れているが、営業活動が効果的に機能しているとは思えなかった。効果的な営業活動の結果として受注できているのではなく、たまたま当たりくじを引いて受注していただけだった。実際、設備案件の受注率は1割以下で、受注した1割についてもオモチャのような設備が多かった。

 装置ビジネスは波がある。半年経った時点で、ある程度その年の売上見込みがわかる。半年経った時点で、受注がない場合は残り半年で売上を期待できない。装置製作に少なくとも数ヶ月はかかるからだ。事前の仕様やり取りも考慮すると、6ヶ月程度は見ておいた方がいいだろう。ということは、一年の半分経った時点でその年の売上見込みはある程度分かる。
 これまではたまたま毎年増加傾向があったのかもしれないが、今年に限って言えば前年売上を下回ることは、簡単に予想できた。今年だけが特別な一年であればそれでもよいのだが、営業活動を見る限りそんな印象は持てなかった。どちらかといえば、過去の実績の方が偶然の結果であるように思えた。あまりに見積もり依頼件数が少なかったので、過去1年間の集計をしてみた。すると、装置案件については毎月平均3件しか見積もり提出していなかった。元々打率が少ない上に見積もり提出件数も少ない。これで受注件数など増えるはずがなかった。受注を増やすためには見積もり回数を増やす必要があった。
 では、営業社員は普段何をやっているのか。装置案件の受注活動ではなく、小型案件の問い合わせや、消耗部品の問い合わせ対応だった。それ以外は受注につながりそうにない案件の対応だった。PDCAがうまく機能しているとは思えなかった。活動の大半が装置受注とは関係のない部分に時間を費やしていたのだ。これでは装置受注など伸びるはずがなかった。
 中には効果的な営業活動をしている営業社員も存在した。業界動向を調べて、戦略を練って、顧客のプロジェクト状況をヒアリングしながら、顧客にメリットのある提案をする者もいた。残念ながら、それは個人プレーで部門としての活動にはなっていなかった。その他の営業社員が効果的な営業活動をできているようには思えなかった。
 営業活動の一環としてマーケティングツールも取り入れていた。数年前から取り組みを始めて、1ヶ月の利用料で数万円もするライセンスを複数本購入して、毎月その費用を支払っていた。ある会社のマーケティングツールを契約したかと思えば、半年後には別の会社に切り替えていた。あれが駄目だ、これが駄目だ、と改善点を出すのであったが、実際のところマーケティングツールから受注につながった案件はなかった。
 闇雲に営業活動をすることに比べれば、マーケティングツールの活用は効果的に思えた。マーケティング経験のない素人が対応していたが、営業人員にかかる固定費に比べればマーケティングツールにかかる費用は微々たるものだ。だが、数年間継続しても何の結果もなかった。新規顧客になった取引先はいたが、いずれもマーケティングツール経由ではなかった。社内のマーケティング担当がやっていたのは、ダイレクトメールの配信についての開封率、閲覧数、クリック率などを定期的に報告するだけで、肝心の受注実績については何の報告もなく、何を目的にマーケティング活動をしているのか理解しているようには思えなかった。
 具体例を挙げると、メールアドレスを登録した顧客情報一覧に対して、適当な新着情報を盛り込んだ宣伝記事のダイレクトメールを定期的に送信することだ。そのマーケティングツールを使えば、どこの誰がリンクをクリックしたかという情報を把握できるのだった。例えば、顧客がダイレクトメールを開いてリンクをクリックすると、その個人情報がマーケティングツールのデータベースに表示される。マーケティング担当者はアクセス情報をもとに、その顧客に対して営業活動を仕掛けるのだった。これだけ聞くと、効果的なツールに思えるのだが、このマーケティング活動から装置案件で受注につながったものはなかった。
 そもそも、マーケティングとは不特定多数の集団への告知を目的としたものであるが、トーマスのマーケティング活動は登録済みの顧客への情報配信で、純粋なマーケティングではなかった。すでにトーマスのことを知っている顧客は何か依頼があれば、向こうから連絡してくる。実際、営業社員の営業活動は「顧客からの問い合わせを待つ」というパターンだった。会社として需要を掘り起こしたいのは、まだトーマスと取引実績のない顧客層だったが、契約していたマーケティングツールでは不可能だった。取引実績のない顧客層の連絡先がないからだ。
 トーマスのような中小企業でも、マーケティングツールを購入することで顧客の行動を監視できた。こういった個人情報が裏でやり取りされているのを知ると、うかつにダイレクトメールを開くことなどできなくなってしまう。ブラウザやクッキーに関して知識を持っている者であれば、業務で使用するパソコンで変なサイトにアクセスすることなどしないし、プライベート用のアカウントを業務用パソコンのブラウザで利用することもしない。無頓着な社員は業務時間にYouTube、SNS、ショッピングサイトを見ていた。ほとんどの社員が個人のスマートフォンを社内のWIFIに接続していた。アクセス記録は全て社内のサーバーに残ってしまうし、管理者ならアクセス履歴を調べることもできた。下手な行動をとると、自分のプライベートを社内に公開することになる。現代は監視社会だ。

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