かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜

ノベルバユーザー589618

第98話 蘇る王国

「綺麗…っすねえ…。」
 うさ耳が街を覆う膜を観てそうポツリと零す。
「エイミア。お前は外から来たな。外はどんなところだった?」
 俺はエイミアの状況を知るべくそう問いかける。
「そうっすねー。私の暮らしてた所は獣人種の多く住む国で、ラビ種もそれなりにいましたっすよ。私もラビ種も戦闘向きではなかったっすから、実際は知らないっすけどあちこちで戦争はあったみたいっすね。」
「ちゃんと思い出せる、ということだな。」
「何言ってるっすか?そんなの当たり前じゃないっすか。まだここに来て、えーっと…何ヶ月?何年?え?えーっと…え?」
「1年もない。お前は相変わらずのちんちくりんだ。」
「小さくないっす。ラビ種はこれくらいが平均なんすよ。」
 そうか…まあ、トレントが崩壊して魔力を戻してしまった以上はもう封印も消えてしまったな。

「あれ?なんか街がおかしくないっすか?っていうかあれは…スウォードの街はどこに行ったっすか!?」
「そんな街はないだろ?よく思い出せ。」
 うさ耳はいい判断材料になる。この街が全て解放されてしまったのか、それとも。
「うーん…そうっすね。私の記憶違いっす。スウォード王国だったっすね。」
 記憶違い。街と言った。混在しているな。だがこの様子であればすぐに現実と統合されることだろう。
 俺たちの眼下には、かつての王国の姿があった。
 封印の前に俺たちが壊した王城や貴族街などは壊れる前の形を保っており、もちろん封印前に既に根絶したヤツらはここでも存在しない。代わりに奴らが居なければ…あっただろう未来の形になって、代わりの王がいて、そもそも居なければ作られなかった貴族という身分も無くなっている。
 俺がこの世界に喚ばれて願われたのは奴らからの解放。
 複雑な気分にさせるのは奴らがもたらした恩恵だけはしっかりと残っていることか。つまり奴らが元の世界恋しさに生み出した現代知識チートとかいうものの遺産。

 王国から精霊界が切り離されていく。
 ナツが俺に手渡したカケラはあの精霊界の王がよこしたものだ。あれで最後だったのなら、呪いの解呪は成功したのだろうが。
「ダリルさん?どうしたっすか?」
「いや…このまま王城に行くぞ。」
「え?そんなのムリっすよ?王城なんて私たちが入れる訳ないじゃないっすか。」
「いや、あそこには取り戻すべき者がいる。そのためには入るしかない。」
 そう。エミールはきっとそこに今も横たわっているはずだ。早く迎えに行ってやらねばならない。
「ダリル様。その前に精霊界へお越しください。」
「うわあぁっす!?何でいつの間に誰っすか!?」
「ナツか。それはエミールを取り戻すより大事なことか?」
「はい。そもそもそうしなければホビットの彼は救えません。」
 俺はその言葉に、呪いの解呪が終わった訳ではないことに気づく。なら迷う事はない。
「花園。」
「ダリル様、このウサギは!」
「構わん。こいつは…その資格があるだろう。」
 かつて俺を誘い込んだ様に精霊たちが迎え入れる。
 うさ耳は、俺を喚んだ者の子孫だ。今回の件の顛末に関わるのもいいだろう。

「ダリルさん!ここは!?」
 いつ来ても変わらない。花の咲き乱れる草原のような世界に、案内役の精霊たち。
「ここは精霊たちの住む世界。俺たちの生きる世界と違う次元にあって重なり合う世界だ。」
「さっぱりわかんないっすけど、綺麗な所っすね!」
 うさ耳がはしゃぐ。やはり獣人種はこういうところの方が良いのか。
「誰が可愛いウサギっすか。原っぱだからって野生に帰ったりしないっすよ。」
「ダリル様、行きましょう。」
「ああ。エイミア。その精霊達について行けば辿り着く。先頭を譲ってやる。」
「ほんとっすか!?やったっす!ふんふ〜ん!」
 うさ耳はご機嫌で歩き出す。こいつは何かと前に出たがるところがあるからな。好奇心が旺盛だ。
「あっ!綺麗なお庭っすよ!生垣も手入れされてて素晴らしいっす!え?あそこに座っていいっすか?先客もいるっすけど…え?いいって?やっほーい!」
「俺は精霊と話したことはないが、あいつは話せるのか?」
「獣人種はその在り方が近いのですかね?それよりも良いのですか?あのお茶会をウサギに任せて。」
「まあ、たまには他人のを見るのもいいだろう。楽させろ。」


 俺たちは遠巻きにうさ耳と精霊女王のやりとりをみる。うさ耳は終始楽しげに話していて、精霊女王もそれに合わせて楽しんでいる。前回よりももう少し大きいな。
「ナツ。この中にいろ。俺もここにいるから安全だ。」
「私はさほど被害は受けませんがね。でもありがとうございます。」
 小さな個人用の結界は俺たち2人で満員だ。すまない、うさ耳。武運を祈る。

「え?ちょ!?何なんすか!?ええー!?ば、化け物っす!」
 まあ、どんなに回避しようとしても結局はあいつらの溜め込んだ負のエネルギーを発散しなきゃならないから、こうなるのは確定なんだよな。今のうさ耳なら大丈夫だろう。封印は解かれたのだから。
「うわあ!精霊たちもなんかキモいっす!ダリルさん!ヤバいっすよ、何なんすかこれ…って、何その結界みたいなの!!ズルいっす!私も入れてっす!」
「済まない。ここは満員なんだ。というかあいつの狙いはお前だ。こっちにくるな。」
「ひどいっす!?あれは!あれは何なんすかぁ!?」
「あれは…世界の敵だ。いわゆる魔王だな。とくにラビ種の根絶に全力を尽くすとされる悪い魔王だ。そこに現れた勇ましいラビ種の魔術士がヤツを倒すのが今回のシナリオだ。期待しているぞ。」
「そんな…っ!それはやってやるしかないっす!ラビ種の未来は私が救うっすよ!?」


「さすがダリルよの!最初にあやつをけしかけてきた時はどうなるかと思ったが、おかげでスッキリとさせてもらったわ!」
「まあな。せめて互角にやれればと思ったがそこまでではなかったか。残念だぞエイミア。」
 そのうさ耳は今もなお魔力を使い果たして地べたにノビている。
「まあ、一個人であれだけやれたのなら、こやつも尋常ではないよの。お主の仕込んだ弟子はさすがよの。」
 褒められたうさ耳はノビたままに耳で喜びを表現している。器用なやつだ。
「それよりも、世界の敵とは言うに事欠いて…」
「しかし、相当に溜め込んでいたな。前に来たのはそんなに昔ではないはずだが?」
「はぁ…当然解呪が進んでくれば周りの薄いところから濃いところになってきて蓄積もそれまでの比ではないからの。そして呪いの残りがまだあそこに…ホビットの子どものところにある。トレントが斃れるのが早かったよの。まだあそこはこの花園がつながったままにしてある。この先に行ってカタをつけてくるがよい。」
 幼女は腕をまっすぐに伸ばして指し示した。その先には確かにエミールがいると分かる。俺がこの封印を施すに至った核心の存在。周りはどうなったとしてもエミールだけは助けたいとそう願った。
 いよいよこのかつての英雄たちの狂気の負の遺産との決着をつけるときだ。

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