かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜

ノベルバユーザー589618

第96話 【追憶】封印される王国


「キスミ様。お帰りになられましたか。」
「ああ、バレッタ。これまでありがとう。」
 エミールを今の今までその呪いの進行を抑えながら見守ってくれていたバレッタ。そのバレッタに、俺は…。
「いいのですよ、キスミ様。私は自意識を与えられたとはいえ、それでもキスミ様の一部。いま必要な事が何なのか、それが私でしかなせない事であればこれほど嬉しい事はありません。」
「バレッタ、すまない…。」
「キスミ様。愛しています。」
「ああ…。ありがとう。」
 もともと俺の中から創り出された命だ。俺の言葉がお前を犠牲にエミールを助けると言うものと知りながら素直に受け止めて、そのやりとりも簡素だ。
 向こうは俺のことをよく分かっているのに、バレッタが口にした言葉がどういう意味なのか、俺にはわからない。バレッタはその三つ編みを切り取って遺し、光になって消えてしまった。


「ダリルよ、これを使うが良い。」
 封印に至るため2つの世界の境界を曖昧にしたこの空間で幼女は俺にひとつのインゴットを手渡す。
 それは金属のようであり液体のようでもあり、宝石のようでもあった。
「私たちのエネルギーの源。そこからしたたる雫を固めたものよの。それを鍛えて拵えた短剣は封印の鍵となるであろうよ。」
 俺は受け取ったそれを神代の鍛治士のスキルでもって鍛えていく。その俺の周りに光の玉がいくつも集まる。
「おや、これは…そうですか、君たちがダリル様の…。」
 ナツが挨拶をしている。
「わたしたちも力になるからねっ!きっと上手くいくよっ!!」
「ええ、失敗などさせません。」
「おうよ!俺っちたちがいりゃあ、大成功間違いなしよっ!!」
「我らキスミのチカラなり。何も憂うことなどないぞ。」
「不肖このナツも共にある事を誓いましょう。そしてまだ見る事の叶わない未来をその手に掴めるよう…。」
 俺はその心強い仲間の言葉を胸に、バレッタの三つ編みに込められた魔力と願いを、短剣に付与して封印の鍵とした。俺の最初の作は…。


「エミール、きっと助けてみせるからな。」
 エミールにはもう意識はない。その身体全体を呪いが染め上げて、このままでは助かるまいと一目見てわかるような状態だ。
 そのエミールの胸に、俺は封印の短剣を突き立てる。それは身体を貫通し、床に溶け込んだかのように周囲へと広がる。現世と精霊界を重ねて染め上げていく。
 呪いにエネルギーを供給してしまう世界の魔力はこの一帯に限り、幼女の用意したトレントが吸い上げて呪いを飢えさせようと働く。
 そのトレントは同時に封印の一角として外界とを隔離する。同じく、海で生きるあの人魚の女王も姿を変えて顕現した元奴隷のあの少年も外界と隔絶し、外とを隔てる役割を。
 そして山神となったマイは、山の上からダリルを愛おしく想い続けその山々から越えてこようとするものを退ける。
 封印は王国全土に行き渡り、山の稜線に沿って、海岸線を渡り森を貫いて街道を横断してぐるりと大きな四角い範囲を世界の狭間へと落とす。
 王城も貴族たちの崩れた元豪華な屋敷たちも、スラムに至るまでがその狭間に飲み込まれ大きな街へと入れ替わる。
 魔獣はその存在ごと飲み込まれ、獣人や亜人種もその特性の殆どを封印され、かつて転移者たちもそうであったヒト種はその肉体以外の能力の全てを封印され、狭間に堕ちたヒト種ー人間と呼ばれるようになる。
 この王国のあった土地において、今後は魔術もスキルも忘却の彼方となるだろう。

「ダリルよ。呪いの解呪はこの精霊界の女王たるエルフィアが請け負うと約束しよう。この封印を成し遂げたチカラはお主の魂を砕いたものよの。
 もともと星のように細かくなっていたそれを繋げずにこうして散りばめてしまうのは、お主からその感情や心ごと引き出してそうすることになってしまった。私たちはそういう存在であるからの。予めそう伝えていたとはいえそれでもこの心を痛めているよの。
 そして封印に散りばめたそれらをお主は自身の力で取り戻す他ない。知っていても記憶していてももしかしたらそれは難しい事かも知れぬよの。何せそうしようという心すら砕いているよの。
 この先、解呪が進んで封印を段階ごとに解いていくとき、そのカケラを集めたものを持たせてこやつらを向かわせよう。そのきっかけにはお主の存在の根拠である、希いを持つ者を充てがうことになるだろう。心の欠損もその時に収集できよう。
 もはや私のこの言葉もどこまで伝わっているか、留めてくれているかわからないが…それでも己の幸せなどもかなぐり捨てて叶えようとするこの願いが成就することを、皆祈っている…」
 俺はその言葉を聞いていたがそれが何なのか整理することが出来なかった。エミールは封印に取り込まれ消えてしまい、俺もまた、視界を真っ白に染めて消えていく。


 こうして世界から切り離された王国は再編された。偽りの歴史をもったスウォードという街。
 ここに生きる人たちは、この街の不自然さには気づかない。かつての王国人の末裔たち、かつて奴隷だった者たち、皆が平等で助け合い生きるこの街が外界とは極めて流れの遅い時間の中にある事を気づかない。外国なんてものの存在もない。巡り来る季節が新しいものだと信じて疑わない。
 永い永い時間をかけて行われる解呪のその時代を、繰り返される時間の中を、誰も歳を取らなくても気づかない。奇跡的に外から来たものもこの街のルールに染まる。
 封印され、閉ざされ、切り離された街は、ここだけで完結している。

 封印の要としてその中央に縫い付けられたエミールがいた所に1つの工房が建てられている。この街は実のところここを中心に築かれている。
 キスミはその名をダリルとしてのみここに暮らし、彼が魔術で作り出して働く鍛治職人たちは決して人前に顔を見せることはない影の塊。
 街の人はやはりそんなことに気づかない。
 ダリルはここで時が来るのをただただ待つばかり。心のほとんどを失って愛想のないダリルは、人魚にも農夫にもマイにも顔を見せることはない。
 もはやここでどれだけの時を過ごしたのかダリルは分からないし興味はない。解呪で溜め込んだものを昇華させるために喚ばれて、変な草原に迷い込んで植物の化け物を殴り飛ばしてもそれが何なのか分からない。
 何かを忘れている、と言うことも大事な娘がいることも、助けたいホビットのことも頭にあってもそれが何なのかと考えたりはしない。ダリル1人ではこの街を維持するだけの存在でしかなくなった。

 カランカランと鐘の音がした。
 ダリルはその音にハッとする。この店のカウンターで座っているのは、この時のために自分がここにいるのだと知らされる音。甦るなにか。
 店に来たボロボロの剣士と、剣士からはまだ死角になって見えないところにピンクの毛色の狐獣人がいて、やっと会えたね。と口の動きだけでそう伝えてきた。

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