かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜
第89話 【追憶】転移英雄たちの魔道具
「バレッタ、エミールを頼む。」
「…はい。」
コツ、コツと僕の前に現れた足音の主は、僕を庇うようにして奴らの前に立ちはだかる。キスミさんがここに来た以上、奴らの未来はもうないだろう。けど、それは、引導を渡すのは僕で有りたかったのに…。
「エミール、落ち着いて、楽になさい。少しでも進行を遅らせることしか出来ませんが…キスミ様ならすぐに終わらせてくれますわ、きっと。」
これが普通の魔術ではないことは、受けた僕なら分かる。これは巨大な呪いの装置。なんでこんなものが造られていたのか…全てを拒絶するかのようなこの呪いは僕の命を退けようとしている。治癒ではどうしようもない。呪いの本体を無くさなければ。
「何だ貴様は!そのホビットの仲間か!?」
「何だろうと関係ないわ、そいつらは侵入者よ!クリスタルよ、そいつらを殺せ!」
僕を襲った攻撃が、キスミさんにも襲い掛かる。
それはとてつもない速さで直撃してしまった。
「キ…ヒュー…」
僕はもう声さえ出せない。キスミさんは…!?
「あはは!私たちに逆らうような奴らは!皆殺しよおぉ!」
あぁ…だめだったか…。僕は目を閉じて諦めてしまおうとした。
ボッ…と。火が着く音に目を開けると、キスミさんは何かを咥えて大きく息を吸ったかと思うと今度は吐き出した。
「これはタバコって言うんだが、こっちで吸うとどうも魔道具扱いらしくてな。希望って言う名の魔道具。俺はこの世界に願いを受けて来てしまったんだ。その俺が助けたお前に絶望させて終わらせるなんて事はできないよな。」
キスミさんはそう言って吸い終わると、全身からとんでもない量の魔力を噴き出してみせた。
「な、何よあれ!なんで生きてるの!?」
「それどころかさっきのが効いていない…刺さりもしていないなんて。」
「それにこの圧は…これがまさか魔力だとでも言うのか!?こんなデタラメな!!これではまるで…!!」
まるで、何なんだろうか。
「けどこの魔道具は全てを拒絶する!私たち以外の全てを!あいつが何をしようとも無駄なのよ!!」
キスミさんの膨大な魔力の圧も、実際奴らの手前で何かに遮られている。見えない壁でもあるかのように。
キスミさん…一体どうするつもりなんだ?
そうして見たキスミさんの手には鞭が握られていた。僕にくれたものと同じムチが。
「エミール。お前は強くなった。俺の力の一部を受けて、な。」
一部。これからキスミさんがそのムチで何をするのか。
僕に何を見せてくれるのか。魅せてくれるのか。
ガッシャアアアンと何かが砕ける音。キスミさんはそのムチを暴れさせて目の前に広がっていた見えない壁を粉々に砕いてみせた。
「なに!?今の音は何なの!?」
「分からん!奴がなんかしたのか!?」
あいつらには見えていないんだ。あの鞭の動きが。ここで見えていたのは…キスミさんだけだろう。僕にも何も見えなかったんだから。
「脆いな…。どれほどのものかと思って力を込めすぎた。」
キスミさんが呟きもう一振りすると、うるさい女の人が血飛沫になって消えてしまった。
「なん!!?どう言うことだ!?」
「おい。」
女の人の隣にいたおじさんは、後ろからのキスミさんの拳で殴られて弾ける。
いつの間に移動したのか、全く分からない。
次の瞬間には巨大な焼けた炭のようなハンマーで何人かをまとめて平たくしてしまう。凹んだ床に潰れたハンバーグが残る。
大きな鎌が部屋の壁ごと柱ごと両断する。その軌道上にいた者たちはいくつもの肉片となって吹き飛ばされた。
包丁が生きたままに輪切りにした。その断面は血を撒き散らす事なく、プルプルして保たれている。“なぜ…”と呟く声がするあたり少しの間意識が残っていたようだ。
弓が貫くと痺れて身体の色を緑や紫にして血の泡を吹かせる。気づけば全員が撃ち抜かれて身体を震わせている。
双剣が細切れにする。確かに斬られて生きているはずなどないのに人の形を保ったままに動かしたところから崩れていくから、動かないように必死になっている。結局はこぼれた端からどんどんとバラけてしまったけど。
扇を振ればまとめて壁に叩きつけられ、次第に強くなっていく圧力に抗おうとするものの、やはり潰れたトマトになってしまう。
杖からは迸る奔流があたりを焦げ付かせた。それは火なのか雷なのか判断のつかないものだったが、この部屋の汚物をまとめて消し炭にしてしまった。
そして今真っ黒な片刃の剣を持って最後の1人を串刺しにした。
「ごぼっ…きさ、ま…転移…しゃか…」
「俺はこの世界の生まれだ。貴様らの先祖と一緒にするな。」
キスミさんはそう言って剣を引き抜く。
「お前で終わりだ。言いたいことでもあるか?」
最後の1人。これで終われる。
「お前はとんでもないな…。だがこの呪いの装置はもう止まらない。お前にも止められない。みんな死ねばいい。」
そう言って男は死んだ。
「ふん…こいつも破壊するか…。」
そう言って奴らがクリスタルと呼んだ魔道具を粉々に砕いたキスミさんは僕の元に来てくれた。
「すまないな、待たせた。周りの片付けをしていて遅れてしまった。」
僕はもう声も出せない。
「じきに解呪してやる。それまで…」
どうしたんだろう。かすむ視界でキスミさんが狼狽しているのがわかる。
「これは、そんな…奴らは、転移者たちはそんな事まで…どこまで身勝手なんだ!」
「キスミ様…。」
「バレッタ…しばらくはこのまま頼む。」
「…はい。」
エミールはもう声の出ない口をぱくぱくとさせてどうしたのかと聞いている。
「エミール…これは、この呪いはほんのひとかけらのものでしか無いんだ。エミールだけを助けようとしてもダメなんだ。」
まさか、これほどに過去の転移ニホン人たちが自分本位でしかないとは思わなかった。
「呪いはこの王国全土に染み込んでいる。それも大昔に、おそらくは転移ニホン人たちの時代には既に。」
彼らは帰郷を願い、叶えられなかった。その術がないと知るとこの世界を謳歌する事にしたのだと。
考えれば分かる事だが、人の心というのはそんな単純な話ではない。
これがダメだからそれでなんて割り切れるはずがないんだ。
きっと彼らも足掻いただろう。どれほどの非情な事実に行き当たったかも分からない。そのうちに、諦めて開き直ってこの世界で生きたのだろう。それはいくらチートじみた力を持っていたとしても幸せだっただろうか。
彼らは英雄と持て囃されても根本は被害者なんだ。時空を超えて連れ去られた片道切符の拉致被害者。巨大な力を持った被害者。
その彼らが、この世界で富を築き何者をも従え欲望に走ったとしても何ら不思議ではない。むしろそれでもこの御国のためにと働くやつなんかがいたら気持ち悪いと俺は思う。
そして、欲しいものを手にして好き勝手生きた彼らが、死んだ後もこの国がのうのうと存在することを彼らは許さなかった。
だからこの国全てを呪い、自分たちが死に絶えた時にこの王国が滅びる装置を造った。だがそれでも親の情というものとでもいうのか、子孫に魔道具の使い方を伝え、彼らの子孫が生きているうちは発動させないようにしたんだ。だから貴族たちはあのクリスタルのカケラを持っていた。
そして、そのクリスタルはいま、砕け散り呪いの紫に染まっている。この装置は起動だけのもの。あとは…自動で発動する。
俺の役目を果たせば、エミールの願いを叶えようとすればさけられなかった結末。彼らの心情も分からなくはないが、こんな仕掛けまでするとは…。
「エミール、バレッタ。少し待っていてくれ…どうにかしてみせる。」
そう言って俺は、時間の進みを遅らせた世界でこの結末を変える方法を探すために城を飛び出た。
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