かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜
第84話 【追憶】エミールの
王都の混乱は瞬く間に広がっていった。立て続けに起こる襲撃事件はすでに平民街や貧民街に住むものも知るところとなった。
かと言って耳にした平民も貧民も危機とは感じていない。
むしろいつからか始まった横暴、いまだ解決しない王国周辺の魔獣の脅威に不満を持っていたのだからザマアミロとさえ思っている。
「まあ、色々作るよねえ、初代の人たち。なんで生きてるか死んでるのか知らせる魔道具なんてあるのかなぁ。」
僕は貴族がそう言うものを持っているという情報を、バレッタの起こした失踪事件の捜査をする兵士たちの会話で知ることになったが、その存在意義が分からない。
ちなみに失踪した貴族たちの魔道具からは何の信号も届かなくなっている。その場合は死亡…なのかな?
「貴族同士の安否確認のつもりなんでしょう。むしろ転移者たちが作ったものが、子孫の彼らの数だけあることのほうが不思議と思いますわ。」
この部屋にはいま僕とバレッタの2人がいる。
バレッタが言いたいのは初代の魔道具を作れる者は居ないはずなのに、と言う事だろう。
「貴族街はもうゴーストタウン。門は閉ざされたまま。みんな怯えてお城の中…か。」
僕は現状を確認するように呟く。
「キスミ様が到着されたら開始です。」
「そう…僕も準備しとかなきゃ。」
僕はそう言って座ったまま天井を見上げて目を閉じた。
「ところで1つ教えて欲しいんだ。バレッタ、君は何者なんだい?」
「私はキスミ様の従者。それだけではいけませんか?」
「いや…君は僕とは違うんだなって。僕はキスミさんに助けられた。そして僕らを虐げ続けてきた貴族達への復讐がしたくて一緒にいるんだ。でも君はただキスミさんに付いているだけなんだね。」
「共に行動し、同じ終着点を求めています。エミールの害にはなりませんよ。」
「ありがとう。分かってても少し気になっただけなんだ。おやすみ。」
僕は、“バレッタの異様な存在が”とは言わなかった。
「待たせたな。エミール起きろ。」
「…ああ。キスミさん。おはよう。」
「まだ寝ているな、まあいい。」
深夜。この部屋には3人だけで、外にも物音はしていない。
「キスミ様、もう終えられたので?」
「ああ、外に逃げていた残党は全て始末してきた。」
「じゃあここにいる貴族を全員仕留めれば、もう転移者の血族は無くなるんだね。」
僕は改めて確かめる。
「ああ、俺を除けば、な。」
キスミさんは僕をを見据えて自身もそうであると告げる。
僕もまた、キスミさんから目を逸らさず視線を受け止めた。
「キスミさんは別だよ。むしろホビットの僕を助け出して、奴らに報いを与えてくれる…神の遣いみたいなヒトだよ。」
僕のこれは本心だ。もし僕があの時、自力で逃げ出していたとしても、復讐など出来なかっただろう。
これまで3人ともが圧倒的な虐殺を行ってはきていたけど、その相手も実際には弱い訳じゃない。
この王国だけでなく、どこの兵士も冒険者も一般人さえも魔術を使う。使えば使うほど、実践を重ねれば重なるほどにそれは強くなる。
王国を他国や魔獣の脅威から守り続ける兵士、貴族の護衛を務めるのはそういった兵士の中から良いものが雇われ、冒険者はさらに強く危険な魔獣にも挑む。
いずれもこの世界で強者の部類に入るだろう。
本来ならばとてもではないけど非力な僕がどうにか出来る相手じゃない。
僕は他の獣人や亜人種と変わらずこの王国においては被差別種である。
そしてその大半は貧民街で抑圧され生きるけど、一部は奴隷として貴族たちのもとで働かされる。その内容は多岐にわたるが、男子に生まれた僕にとって、その環境は地獄だった。
バレッタがそう言うように、僕は世間から見て“可愛い”らしい。
女子であればそういう目を向けられ、そういう扱いをされたとして承服出来なくとも納得は出来たかもしれない。
だけど、男として自覚のある僕には耐え難い屈辱でしかない。女子ならいいのかという訳じゃないけど、僕の家系はことさら誇りを大事にして受け継いできた家で、その内心は他の誰にも測れるものじゃないと断言できる。
だけど、誇りは僕を助けはしなかった。
抵抗し、暴れて、鎮圧されるたびに自分の非力さを呪った。
頭の先から足の先まで綺麗なところなんてもうない。己の誇りを、尊厳を守れぬのならいっそ死ぬかと何度も思った。
だけど、死ぬことを許可されなければ出来ないように魔術で縛られたのだ。
なのに暴れることは出来る。殴ってもペナルティもない。普通の奴隷に課す魔術とは違う。それを魔術のミスと逆手にとり暴れた、暴れに暴れて抑えつけられる。力づくで。
それはつまり暴れる小僧を痛めつけて無様に転がすという事すらそいつの征服欲というもののはけ口だと気づいた時、もはや抵抗もしなくなった。
暴れなくなって従順になればなるほど、僕で遊んだ貴族は興味を失くした。
抵抗しない、身体を差し出すだけの人形。可愛い可愛い男の子はその貴族に飽きられて物置に放り込まれていた。
使用人たちも僕をすぐにはどうもしなかった。またいつか気が変わって呼びつけるか分からないからと、手当てをして、身綺麗にしておき、順番に犯してきた。
月明かりだけが僕を照らし出す。ここのところは床に転がったまま、座ることさえしたくない。死ねない、死なせてくれない。食べ物は無理やり流し込まれる。それも出来なければ何かを腕に打ち込まれた。それも魔道具らしくなんでも栄養を強制的に摂らせるものだとか。
月明かりが優しい。それがフッと遮られたかと思うと
「着いてこい。終わらせてやる。」
1人しか居ないはずの部屋に、黒いコートの男が僕を見下ろしていた。
普通なら恐れを抱いただろうその男に僕は
「殺してくれるのかい?」
そう静かに懇願した。
そこからは忘れることも出来ない。
ドアを開け放った男は、足元から黒色を広げていった。
屋敷の異変に気づいた者たちの声があちこちから聞こえる。
僕は男の腕の中に抱えられている。
出会い頭に男は兵士を平手打ちにして、首から上を掌の形にくり抜いてしまった。
残った胴体を蹴飛ばし、不審者めっ!と駆け寄る連中を悉く蹂躙して回った。
飛び散る血潮、弾ける肉片。廊下のシミになるひと、ひと、ひと。気づけば僕は嗤っていた。
やがてひとつの扉の前に着いたことに気づいて、僕は身を硬くする。
けれどその内側には燃えたぎる炎がある。
「やるか?やりたいなら力をくれてやる。」
男の言葉に僕は迷うことなく頷いた。
扉を開けて中に入れば、側近で周りを固めた屋敷の主人がいる。
「な、ななな、何なんだ貴様は!!ここが俺様の屋敷だと知っての事か!?」
「貴様など知らん。ただここは俺の最初になった。それだけの事だ。」
扉から、壁を伝い窓までも黒く染まっていく。
「な、何だこれはっ。ええい!殺せ!さっさとそいつを殺せぇっ!!!」
側近の男たちが武器を手にして迫り来る。
その顔面が大きな溝をつくって凹み、仰向けに倒れた。
「それは憤怒と支配のウィップ。今のお前に絶対的な力を与えてくれる。」
コートの男の後ろから鞭を持った僕が奴の前に姿を見せる。さっきは誰の視界にも入らない所から相手の顔面を打ち抜いたのだ。この力がとてつもないものだと分かる。
「ありがとう。僕はこいつらを許せない。」
打たれた男は痙攣して起き上がりそうにはない。隣の側近も同様に打ち抜いて、今度は即死してしまった。
その鞭の動きを見切れるものはコートの男以外にいない。
僕でさえ、そうしたいと願った通りになっている事しか分からない。
けど今はそれだけで充分だ。
残りの2人の側近も息絶える。
「あ、あい…ひぃ……エ、エミール…私の可愛いエミール…たす、助けてくれ…わたわたしは…ひぎいっ!?」
奴の
右腕が肘からちぎれた。
左腕は前腕の真ん中が雑巾のように絞られた。
右脚は太腿に大きな溝がつくられた。
左脚はズタズタに張り裂ける。
全部僕の仕業だ。
「おにいさん。名前はなんて言うの?」
「呼びたければキスミとでも呼べ。」
僕の心には燃えたぎる想いがある。
「そう、キスミさん。僕は生きるよ。こいつらを根絶やしにするまで…。」
したたかに打ちつけた鞭は奴の背中を引き裂く。
「あがぁっ!?おおごおほっほおぼぼぼおお…」
「好きにしろ。お前が生きるなら俺はお前の助けになろう。」
主人はドロドロの赤い液体を口から溢す。
「お前に大いなる癒しを…。」
反面、キスミさんの魔術により僕は癒される。それまでの身体の傷を全てなかったかのようなまっさらに。
「これでうんこをする時にも問題はないだろう。」
「ふふっ。もう少し言い方ないのかな?」
僕はひさびさに笑えた気がする。身体が時を戻したかのように癒されたのがわかる。その分、心がどれほどに荒み墜ちているのかも思い知らされる。
「そこの男にも継続回復の魔術を施した。その状態からでも5分もあれば全快し続けるだろう。」
「そう…ありがとう。」
「ぐはぁっ。や、やめ、やめてくれ…やめっひぎぃっ!?」
キスミさんはベッドに横になる。
「気が向いたら殺してやれ。」
向こうを向いて寝てしまった。
僕はそれには答えない。どこまでいけば晴れるか分からない厚い曇り空にはまだまだ光は差しそうにないから。
「夜はまだ長い…楽しもうよ。貴族様。」
ひどく嗜虐的な笑みを浮かべた可愛い男の子は、夜が明けるまでその力を振い続けた。
「だから、僕は貴族を根絶やしにするんだ。そうしないと誇りを取り戻せそうにないから。」
朝日が昇り始めた頃、回復魔術の薄れた頃、この屋敷の主人だったモノは部屋の壁紙と絨毯の模様となっていた。
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