かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜

ノベルバユーザー589618

第83話 【追憶】狙われる貴族


 先日の貴族邸襲撃事件は大々的な捜査をもってしても全く手がかりも掴めなかった。
 何せ貧民区とは完全に隔離され出入り口の門には守衛がいる。そして、事件の目撃者はいない。屋敷の中も外も生きている者は居なかった。被害者が何人かも分からない。判別が容易な遺体はほとんどなく、数を数えることも出来なかった。推測としてその邸にいる貴族、使用人、護衛、奴隷も含めた全員とされた。

 その所業はそもそもひとの出来るような事ではない。
 貴族の者たちはみな、警戒を最大限に引き上げている。
 空には月はない。星たちだけが輝いている。

 ランプの灯りを持ってメイドが屋敷の廊下を歩いている。
 コンコンとノックする音。
「誰だ!?」
 ここの主人は警戒を顕に声を荒げる。
「メイドのバレッタです。お茶をお持ちしました。」
「ああ、入れ。」
 バレッタは最近雇ったばかりのメイドだ。
 大きな眼鏡をして三つ編みなどと野暮ったい見た目をしているが、ここの主人は何でもいける。それでも好色な主人はその野暮ったい見た目に反してなかなかどうして整った顔立ちに、整ったプロポーション。これは是が非でも剥いてみなければと雇い、早速こんな真夜中にお茶などという訳の分からん用事で呼び寄せたのだ。

「バレッタよ、ここの仕事はどうだ?」
 そう問いかけ、主人は手の中にある菱形の魔道具を確かめる。
「はい、皆さまとても良くしてくださり、助かっております。」
 魔道具は手の中で妖しく光る。
「そうか。ここで私に仕えたいとそう思うか?」
「はい、是非にこのまま。」
「ならばはっきりと仕えたいと言ってみろ。」
「はい。お仕えしたく存じます。」
 魔道具が強く光る。
 それと同時にバレッタの首から胸元にかけて紫色に紋様が浮き上がる。
「そうか!!ならばそこで服を脱ぐがいい!!」
 魔道具は発動した。自らの意思で隷属したのだ。
 相手の心など必要ない。欲しい時に欲しいまま食らい尽くす。上から下までしゃぶり尽くしてやる。主人はこうしていつものやり方で歳若い女を奴隷にしている。


 バレッタは眼鏡を外し、上着をぬぎ、スカートも下ろし、ブラウスも脱いで下着もつけぬ姿になってみせた。
 その全てを見ていた主人は、そう一から全て、ボタンを外す指の動きまで見ていたのに、どこからだろうか。
 主人は今ごろはバレッタのやわ肌を見ているはずが、そこには闇だけがあった。宙に浮いた三つ編みが揺れる。
「ご主人様。私はどうでしょうか…お目にかなうと良いのですが…。」
 闇が恥じらうようにそんな事を聞いてくる。
 主人はなんとか搾り出すように口にする。“ああ、美しいぞ”、と。
「まあ…至極光栄でございます。」
 主人はこの相手の機嫌を損ねたら終わる、とそう直感して褒めて見せたが、何でもいける主人とはいえ、真っ黒な闇をむさぼる趣味などない。
 三つ編みは今となっては野暮ったいアイテムではなく、そこに何かがいることを教えてくれるものとなっていた。
 三つ編みが揺れて、揺れて、近づく。
「是非とも…味わって見てくださいませ…。」
 目の前で三つ編みが揺れる。三つ編みってこういう風になってんだなぁと思ったのがその男の最期だった。

「エミール…お前はこういう風にスマートに出来ないものか?」
 バレッタが襲撃をした後には何も残っていない。この屋敷にはすでに助けられた奴隷以外は誰も居なかった。
「そういうキスミさんこそ、大暴れしておかげでどこも警戒MAXじゃないですか。」
「キスミ様に何か文句でも?」
「うっ!?」
 目の前で宙に浮く三つ編みがエミールの発言を咎める。
 さっきの現場をキスミから勉強しろと見せられていたエミールは顔を青くする。
「バレッタ、そろそろ元に戻れ。話しにくい。」
「そうですね…。」
「うっ!?」
 そう言ってヒトの姿に戻って見せたバレッタは、当たり前だがすっぽんぽんで、主人の目は確かだったと言える裸体を2人の前に晒した。エミールは顔を真っ赤にして内股になってしまった。
「エミールは可愛いですね。」


 空には三日月がぼんやりと薄雲に隠されている。
 その薄闇を羽ばたく影が5つ。
 そんなものには誰も気づかない。
 その影は羽ばたき滑空する。地上の屋敷を目掛けて落下した。
 コンドルの魔獣は屋敷を急襲し、屋根を貫いて混乱を引き起こした。
「やっぱり僕は隠密向きじゃないんだよね。あの2人と違って実体を消すなんて芸当できないんだから…。」
 目の前にはこの屋敷の護衛か。既に剣を抜いて切り掛かって来ている。
「判断が早い。けど遅いね。」
 エミールは取り出した鞭を振るい、護衛を弾き飛ばした。
「さて、奴隷は助ける。貴族じゃないひとは応相談。貴族は…死ね。」
 天井に穴の空いた廊下を渡りながら屋敷を探索する。
 貴族を襲うのは彼が操る魔獣たちもやってくれているから、保護対象を見つけておくのが優先だ。
 角を曲がった先から護衛たちがくる。
「遅い。」
 まだ10mはあるその距離を壁も床も天井もズタズタにしながら不規則な軌道で鞭が襲い薙ぎ払った。


「やあ、やっぱり入れ食いみたいだね。」
 先日の事件に謎の集団失踪と続く貴族邸の異変に即対応を命ぜられている国軍兵士達は、先ほどから何人もこの屋敷の主人の部屋を訪れている。
「見れば分かるんだよ。どっち側なのかは。まあ、ここで奴隷や貧民街の連中を連れてくる訳もないから今のところ10割であっち側なんだけどね。」
 “貴族邸襲撃さる”との急報を受けてそれぞれやってきているのだが、ここでその兵士は目撃する。
「た…たす、け…うわあぁぁ!!」
 床に転がされて這いつくばっていた1人の男が、仲間の到着に助けを求めたとき、その足首に鞭が巻きつき身体を宙にやった。
 その先にあったのは、巨大なコンドルの魔獣の嘴。5体の魔獣がおのおのに啄んで男を食べている。
「大丈夫。この子たちは“待て”が分かるから。君たちが振り返って逃げ出さない限りは襲い掛かりはしないよ。」
 確かに待っている。羽根は畳んで大人しく座って…与えられたエサを啄むだけだ。
 主人はその魔獣たちの頭上に括られており、まだ生きている。先ほどから何人がそうして食べられるのを見せられてきただろうか。もはや声も出ない。
 待てが出来るから。そこに括られているうちは生かされている。生きているうちは助けが来てしまう。貴族たちの持つ生存確認の魔道具というのが、特定の受信機に知らせているからだ。

「夜はまだ長いんだし。ボーナスステージを続けよう。」
 エミールは可愛い顔で笑みを浮かべ、やってくるエサを魔獣たちに与えていった。

コメント

コメントを書く

「文学」の人気作品

書籍化作品