かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜

ノベルバユーザー589618

第77話 仕込み


 そうしてナツより情報を得たダリルは海でクローディアより不死の情報を仕入れに行ったのだ。

「ダリルさん!チョロフと海に行ったんですか!?青春を謳歌する男女のイベント、夏の海に!!私も行きたいっす!!」
「また、唐突に何を言い出すかと思えば…。」
「…やっぱり遠いし、ダメっすか?」
「今は少し考え事がだな…。」
 うさ耳のうさ耳がこれでもかと萎れていく。頼みは聞いてやりたいが、しかし死者の塊というものが何なのかが分からない。
(死して死にきれない、そういうもの)
 ナツは確かそう言ったはずだ。死んでいるのに死ねない?それは…言い換えれば不死か。不死…。
「うさ耳。やはりお前は最高だな。海へ連れて行ってやる。普段は見る事の出来ないようなものも見せてやれるだろう。」
 うさ耳のうさ耳は直立して飛び跳ねて機嫌をよくした。2人きりではなく家族旅行みたいなのが少しだけ残念だったようだが。
 そしてそこで例の秘技、暴れ独楽という普段は見る事の出来ないものを見て震えることになった。
 帰りはずっとダリルにしがみついていたとか。


「しかしその死海魚というものが関わっているかは分からんな。」
 ダリルがわざわざ遠出して情報集めなど滅多にない。本来は情報を携えた本人が店に来るのだから。そして人魚からは北の方の岸にその肉片が流れ着いたと聞いた。いまダリルは氷雪幻鳥に乗り北の山に向かう空の上で思案する。
 背中にはうさ耳がへばりついている。
「例の不老不死ってやつっすか?私の国でも人魚の肉はおとぎ話であったっすけど…ダリルさん、不老不死になりたいんすか?」
「なりたい?いや、そんな事はないな。不老不死なんてものは、憧れても手にするものではない。」
「そっすよね。自分だけ生き残って周りがみんな死んだらむしろ不幸っすもんね。」
「ああ、そういう事だな。少し冷えるな、お前の魔術で温めてくれないか。」
「いいっすよー!」
 2人がうさ耳型のエフェクトに包まれて暖をとる。ダリルはプッと笑いうさ耳が照れ笑いをした。


 マイは不死のことは知らないという。ただ、この山から見て不可思議な存在を西の方に捉えた事があったという。ふむ、それなら向かってみるかと思案するダリル。
 マイとうさ耳は背比べをして、“うさ耳の分私の方が高いっす”と言ううさ耳を根元からポッキリ折って、あぁぁぁぁっー!!!と叫ぶうさ耳と、“ほら、変わらない”というマイ。マイが少し楽しそうで良かった。

「お、お、お、折れてないっすか!?本当に折れてないっすか!?」
「そんだけ明らかに直立させながら何言っている。」
「え?え…本当っす!良かったっすー!!」
 あの山でマイに敵う者などそうそういない。こんな風にもてあそばれる事になる。それは親愛の証明でもあるが。
 2人を乗せた鳥は空を滑り眼下の村へと向かう。


 その村は異様だった。人気が全くない。どうやら農村らしく、畑はたくさんあるが、ずいぶんとほったらかしらしくどれも枯れ果てていた。
 そして村内の至る所に散乱する骨と腐肉。中には鎧兜ごと斬られたような謎のものまである。大体は既に野犬などに食い散らかされたようで骨にこびりついた肉が乾いているようなものだが、屋内などには完全に腐敗したものがまだあったりした。
「な、何なんすか?ここは…。」
 鳥から降りてもへばりつくうさ耳を今はおんぶしている。
「見つけたぞ。」
「え?なにをっすか?」
 ダリルが家々を回り中を確認していって何軒目かで、皿に乗った腐ってない生肉があった。
「えぇー、やけに新鮮っすね。てかくさっ!くっさー!!なんすかそれ!?ここで一番臭いっすよ!?」
「これがクローディアの言っていた、死海魚だろう。」


 その農村ではそれ以上の収穫はなく、氷雪幻鳥を召喚し隣街へと向かう。
「まだ臭いが取れないっす。」
「確かに…うさ耳、よく見ておけ。」
 そう言ってダリルは魔術を発動させる。青く光り、緑が重なり橙が包むような魔力。
「消臭、浄化だ。」
「ええ!?そんな事も出来るんすね!確かに…臭くないっす!ありがとうございますっすー。」
「いや、お前はまだ臭いからな?見ただろう、早くしろ臭くてかなわん。」
「ええー!?そんなひどいっす!サービスしてくれても良かったっすのに…ええい、擦り付けてやるっす!ほら!ほら!ほらああぁ!!」


 ダリル達は隣街にたどり着いた。ダリルの背中には後ろ手に縛られぐるぐるの簀巻きにされ、耳を目のところに押さえつけられた形で固定されたうさ耳がもごもご言っている。
 ここでも何か起きたらしく、街中はあまり活気がない。というより人が少ないのか?
 ダリルはギルドに向かう。こういう時の情報収集はここか酒場だろう。

「買い取りを頼む。」
「え…いや、これは…え?」
 買取りのカウンターに置かれたうさ耳。活きのいい魚のようにビッタンビッタン跳ねている。
「何やってんすかー!?私は討伐対象でもレア素材でもないっすよー!?」
 どうにか自力で抜け出したうさ耳はやはり活きがいい。
「ああ、臭いからな。」
「ガウッ!!」
 うさ耳は吠えた。

 この街では聖騎士夫婦の悲劇とそこから続いた惨劇、そして謎の生き物が西の方へと移動したことを知る。
 その惨劇の内容は死ねない死者のその理由に迫るものだった。
 この街から西の方。それはまともに西であれば連峰を横断するような方角ではあるが行き先はそうではあるまい。
 連峰の北側は滅んだ村がある。おそらく行くなら南側。それはスウォードの街のあるところで、その手前には森がある。いつかのあの森。
 だとすればナツの未来視と繋がる。
 トレントと不死は出会う。


「先輩。俺たちは一体何をしてるんですかね?」
 先端を尖らせた丸太を担いで巨人は疑問を口にする。
「まあ、これってバリケードよね?何かくるのかしら?」
 先輩と呼ばれたエルフはダリルから頼まれた仕事をこなしながらそう言う。
「それも一つ一つ俺たちの魔力を付与しておけって無理すぎないですか?」
 指定されただけの距離をやるとなると中々に骨が折れる。
「ダリルの珍しいお願いよ。後で何してもらおうかしら。」
 うさ耳を連れて2人きりで空の旅は嫉妬しちゃうけど、お前にしか頼めない事なんだと言われたらチョロフはノリノリだ。お前にしかと言いながら巨人もダリルから頼まれているが、気づいていない。
「あと半分くらい?材料も足りるしちょっと疲れたから休憩しよっか!」
「そうですね。あんまりいまから魔力を使うと後のトレーニングに響きますからね。」
 そう言った2人はシートに座りお茶をすする。雲ひとつない空、心地よいポカポカとした陽気。
 気づいたら横になってゴロゴロしていたが、一度落ち着くとなかなか動けない。
「いい天気〜。ピクニック日和ね。」
「そうですね。ビリーさんとミーナちゃんはいつもの丘でピクニックと言ってましたね。」
「あそこは本当に仲いいよねー。ふぁぁ…。ちょっと昼寝でもする?」
 もう完全にスイッチがオフになりそうな2人だが、突如として届いた地響きと咆哮に飛び起きる。
「な、なに…あれ?」
 そこには形容しがたい森の木々よりも巨大な魔獣が、スウォードの街の方を向いて現れていた。
 そして一歩が踏み出される。
「あ、あれ、こっちに向かってないですか?」
「あわわわわ…あんなのどうしろっていうのよー!!!」
 さらに一歩。
 2人は切れかけていたスイッチを無理やりオンにして怒涛の勢いで作業を再開させた。

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