かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜

ノベルバユーザー589618

第76話 未来視のナツ


 扉が開きチリンチリンと鈴の音がする。
「あ?チリンチリン?」
 ダリルは訝しそうに扉の方をみる。
 そこには白のTシャツにデニム、紺の薄い半袖シャツを羽織った、どこかこの世界のものではない服装の人物がいた。背丈は170cmほどか、糸目で茶色のショートヘアのスラっとした男だ。
「ナツか。珍しいな。」
「ええ。訳あって抜けてきました。」
 この男、普段は南の魔の森の中にある小屋で過ごしている。
 不可視の小屋は誰に見つかることもなく、このナツという青年の存在を知るものは少ない。

「あっ!ナツ!おひさ〜っ!!」
「ん?ミーナですか。久しぶりですね。耳と尻尾まで生やして、そんなナリでも君は変わりませんね。」
 ナツという青年の存在を知るものは少ない。
「ナツは今日はどうしたのっ?とうとうあの森に飽きちゃった?」
「飽きるもなにもないことはミーナもご存知でしょう。今日は久方ぶりにお仕事ですよ。」
 ナツとミーナは昔馴染みだ。もちろん、ひだまりの丘で再誕したミーナではなくその前のミーナだ。
「ダリル様、近々トレントが倒れます。そして死者の塊が、この街へと向かってくるでしょう。」

 ナツは占い師である。
 もちろんダリルに様付けしたり、そもそも知り合いという時点でただの占い師ではない。
 彼は不可視の小屋でいつもハンモックに揺られて過ごしている。彼の住む小屋は不可視で不可侵であり、故に魔獣も時折現れるあの森にあって警戒の必要がない。いつだって揺られて過ごしている。
 朝も昼も夜も彼にはない。肉体というのはこうして誰かとコンタクトをとるためにのみ使われる。そしてこの肉体も生きてはいない。かといって死体に防腐処理を施したもの…と言うほどどうしようもない訳ではない。
 かの不死の男にしてみれば羨ましいだろう。ナツのそのかりそめの肉体は腐らないのだ。この世界においての理外の干渉によるものだ。
 そして本人はちゃんと死んでいて、生き返りはしない。

 かつて山伏少女のマイはサツキの魂を現世に干渉できる様に形作り、保存する術を行使したが、それとも違う。
 ナツの魂はあり方を少し変えてはいるが、世界に不干渉だ。容れ物の肉体をさながら人形のように遺している。それも自由に動かす事の出来るものとして。オンオフを好きに出来る。
 不自由といえばこう言った用事の時以外にはナツは不可視で不可侵の小屋に囚われていて、その瞬間まで外に出る事が叶わないことだろうか。

 その用事が今回ダリルのもとを訪れた内容である。
 いつかフィナが対峙して敗走することになったトレントは、現存する魔獣の中で最古で最大のものである。
 トレントがその悠久の時を過ごして取り込み続けたこの世界の魔力は計り知れず、フィナと共にいたロズウェルのスキルを持ってしても数分の間のみ動きを止めるのが精一杯だった。
 そのトレントが倒れる。
 それはダリルをして想定だにしなかった事である。
 そして、死者の塊。
 そう言った現時点で未確定の未来の情報を俯瞰的に映したものがナツには受信出来てしまうのだ。
 そしてその内容を伝える、という一点においてのみ、小屋はその堅いロックを解除してくれる。

「ナツ、トレントのことは分かった。お前がそう言うならそうなのだろう。だが死者の塊とはなんだ?」
 ダリルはナツの言葉を疑わない。彼はそう言う存在なのだと知っているからだ。だが何を受信したのかはわからない。それはダリルには出来ない事だから。
「死して死にきれない、そういうモノ。残念ながらそれがなんなのかは分かりません。その姿さえも。」
 トレントの崩壊までは見てとれたのだ。1話だけを見せられた様なもので、そこで次回予告が入った。予告された内容が自身に届けられるかは不明だ。不定期のランダムなサブスクリプションといったところか。
「それはこの街を襲うのか?」
「それも分かりません。最後の方は映像ではなく認識だけでしたので。」
 これはこれこれこういうものである。という事だけ。
 全てが見たかのように知らされるならこれほど分かりやすい事はない。残念ながらそこまで便利ではないのだ。
「とはいえこうしてナツを使って知らせて来たということは、そうでないと対処出来ないという事か。」
「そういうことかと…。」
 知らなければ不都合が起き、知ってさえいれば対処出来るのだと。

「ダリル様、こちらをお納めください。」
 ナツが手渡してきたものは、小さな飴玉だった。
「お前がこれを…?」
「今回はイレギュラーである、死への渇望など聞き届けるものではない。だが報酬はなくてはならないな。とのことでした。」
「そうか…気を遣わせたのかもしれんな。」
「ダリル様。ここへ来るまで、この世界を感じてきましたが、ずいぶんと進んだものです。今回の出来事は起爆剤となりうるかもしれません。」
 せっせと火薬を詰め込み仕込みをしてあともう少しと言うところに現れた起爆剤。それが作動すれば後には…。
「待ち望んだ結果があればいいな。」
「…はい。」

コメント

コメントを書く

「文学」の人気作品

書籍化作品