かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜
第73話 金色の軌跡
穏やかな海でその男は長い棒に糸のついた物をもって方角を探っている。
糸の先端には大きな釣り針が付いている。ただし、大きく曲がったその釣り針は針と呼ぶには先端が丸く平べったい。
そばにはきつね耳とうさ耳が砂で山を作っている。うさ耳が高く作った山にきつね耳がトンネルを開通させてハイタッチをしている。
それを微笑ましく見る黒髪少女。普段の服装とは違い、露出の多い水着姿だ。
そして少し離れたところに別の意味で微笑みが止まらない青年が剣を地べたに置いてケモ耳2人を眺めていた。
男は、私も海が見たいっすと言ううさ耳の突然のお願いにすぐさま準備をしてここにきた。うさ耳はときどき知り合いのすんごいエルフとなんかの自慢合戦をしてたりするが、どうやらその中に海と言うのがあったようだ。何故かとりわけうさ耳には甘い男だが、実際には旧友に会いに来たのだ。
男は目標を見定め、キャスティングした。その釣り針には餌もなにもついてないが、釣りとは思えないスピードと角度で飛んでいき、リールと呼んでいる魔道具からはどんどんと糸がでていく。
そして男は一気に釣り竿を立てて引っ張る。ググッと、しかし動かない。リールは巻けない。不思議に思い首を傾げるが、それでも手強い。
うさ耳が、大物っすか!?私はマグロが食べたいっすと、どこかで聞いたようなセリフを言っている。
きつね耳は、今回はえらくしぶといねーっ!なんて言って笑う。
黒髪と青年は何が起きるのかと注目している。
やがて、ぐんっと何かが外れるような手応えを受けて、そこからはリールをただ巻きにする。
巻く、巻く、リールが焼けるのではないかと思うほど巻く。
そんなに糸あるのか!?と言うほどに巻き続ける。
うさ耳はワクワクが止まらない。両手を握りしめて飛び跳ねながら応援している。
青年はうさ耳の元気な動きに釘付けだ。
きつね耳はあくびしている。
黒髪少女は興味半分、得体の知れないことの不安半分でハラハラ。
やがて男の“ダァラッシャアァァッ!!”という気合いの言葉とともに水面から飛び出したそれは、うさ耳の期待するものではなく、大きな水しぶきをあげて弧を描き砂の山に軟着陸した。心なしか飛沫には黄色が映えていた。
きつね耳はハッと笑った。
「ダリルぅーーー!!会えるのは嬉しいけど、おしっこしとる時に引っ張んのはやめてえな!?間に合うたからよかったけど、めっちゃ岩にしがみつくの大変やってんで!?つーかダリルのパワーで引っ張られてあんなけ耐えたんを褒めてえなっ!」
そこで砂まみれになっていたのは人魚のクローディア。怒っているのか喜んでいるのか分からない。
「トイレは若干アウトだった気もするが、お前に会いたかった。」
「そうなん!?ならしゃあないなぁ。ええよ!ダリルやし許したる!!」
「えええ、人魚っすか!?食べられるんすか!?」
「食べれるわけないやろっ!!」
食べられない魚に興味のないうさ耳と黄色い液体を撒き散らしていた人魚にえんがちょと言ったきつね耳はまたも砂で山を作っている。今度はさっきよりも大きくて、周りには大きく"GO!!"と描かれてある。
「ほんで、今日はうちになんの用事なん??」
「少し聞きたいことがあってな。人魚の肉についてだ。」
クローディアはダリルの膝の上で首に手を回している。
「ええ!?ダリルまでうちの事食べるつもりなん!?ベッドの上でなら歓迎やけど、食べられるのんはかなわんわ。」
サツキは2人の姿勢にドキドキが止まらない。
ビリーは既に大人の人魚からケモ耳たちへと興味を移している。
「俺はいらん。だが外でな、不死の噂を聞いて人魚の肉にそんな効能があったとかでは無かったかと気になったのだ。」
「あー、そう言う事。」
「昔にそう言う言い伝えがあった筈だ。分からないか?」
うーん、と口に人差し指を当てて考える人魚。
「あれはね、全くのデマやで。ダリルは知っとるけど、うちらも普通に歳とるし死ぬわ。」
「そうだな。」
「ただ陸のもんより若い時間が長いのんと、寿命も長いからなぁ。そんで滅多に陸に上がらんからたまに見た陸のもんが勝手に不老不死っちゅーて騒いだんやわ。不老不死って憧れなんやろ?うちには分からへんけど。ほんでその憧れが行きすぎて、人魚の肉を食べれば〜なんて言われたんや。昔に何人かそうやって攫われたらしいけど、陸のもんに今不老不死っちゅーのはおるのん?」
「いや、そう言う者がいるとは聞かないな。」
「せやろ?ほんならそう言うことや。うちが保証する。人魚の肉なんて迷信や。そんなん食うなら死海魚でも食うた方がええよ。」
「死海魚?何だそれは。」
「うちらの天敵や。魚っちゅーてもあれはそういうのんとはちゃうねんけどな。まあ亡霊とかの類やし、出会えるもんでもあらへん。」
「とは言え名前が出たと言うことは、不老不死の情報に近いのではないのか?」
人魚は回した手を引き寄せ抱き寄せる。サツキはさらにドキドキする。
「亡霊ってのは、例えやで。あれは死ぬことが出来ひんで、自分では泳ぐんも出来ひん。せやから沈みながら波に漂うとるだけでな。ほんで臭いんや。死んでへんのに死臭がしとる。せやから海に住んでるうちら人魚にとってはどうにも出来ひん臭いだけのもん。天敵や。」
人魚は胸を押しつけさらに密着する。サツキはもう手で顔を隠してはいるが、指の隙間からバッチリだ。
「そうか。やはりお前に会いに来て正解だった。」
「せやけど、いつやったかにその死海魚に喧嘩売った若いのんがおってな。まあ、臭いにおいが撒き散らされただけで勝ちも負けもあらへんねんけど、いくらか肉が引きちぎれて岸の方に流されたらしいで。ここやなくてもっと北の方やけど。」
「口にすると、どうなるだろうな。」
「あんな臭いん考えとうないわぁ。でもせやな、もしかしたら死ねなくなって、自分では何も出来なくなるとかあるかもしれんな。」
人魚はもう首に口づけしながら話している。
サツキはハァハァ言っている。
「まあそんな気持ち悪いやつの話はやめにして、仲良しやろうや。」
その唇は鎖骨を這う。
サツキは目がはなせない!
「ああ、俺とお前で楽しくなろう。」
サツキはいよいよ卒倒しそうだ。
ダリルは人魚のおなかに糸をぐるぐると巻き、優しく人魚を砂の山におろして頭を軽く撫でる。
困惑するうさ耳。
砂山の上で、人魚はその優しい扱いに蕩けそうな顔ではあるが、うん?と可愛く疑問の声をだす。
きつね耳はやっと見られるよっ!とうさ耳を誘い離れて眺める。
サツキはノーマルな方ではないの!?と困惑するも興奮が止まらない。鼻血まで出てきた。
「クローディア…俺からの最上級の愛情表現だ。受け取ってくれるな?」
「うん。ダリルの好きにしてや。」
もう蕩けきった人魚のセリフにはハートがついている。状況など正確に掴めてはいない。
ダリルは再び釣り竿を大きく振りかぶり、全力のキャスティング!!!
その場でギュルルルルと横回転を伴い砂山を削り怒涛の砂煙をあげ、どういう理屈なのか勢いよく沖の方へ飛んでいった。
よっしゃあっとガッツポーズのきつね耳。あまりの出来事にガクガクするうさ耳。ケモ耳たちの反応を微笑ましく見る青年。そんなプレイ…上級すぎますわっと卒倒した黒髪少女。
「スキル秘技、暴れ独楽。素晴らしい回転数だな。」
その軌道はほのかに黄色い帯を描き、遠くでいやぁぁぁという声が小さく聞こえた気がする。
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