かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜

ノベルバユーザー589618

第72話 ただ不死の男。


「貴様の実験は不死者を作り出すことであろう。なら成功ではないのか?」
「ヒッヒッ。いやのう…正確には不死の戦士よ。じゃがこやつからは人並みを下回る体力しか感じぬ。昨日はたしかもう少しマシじゃったはずよ。魔力すらの。」
 何を言っている?僕は2人をどうにか視界に入れようと頑張った。
「戦士としてその戦闘能力を失うようなものは論外よ。死なないだけの存在など…。」
「ならば、これはどうする?」
「失敗作がいつまでも存在するのも腹立たしいわい。しかしせっかくじゃし、どこまでやれば死ぬか試してみるのも面白い。」
 何の話をしている!?
「既に、心臓を抉って生きてるのだ。並大抵では滅ぶまい。」
 は?一体何を…。
「そうじゃのぅ…ならとりあえず首を落としてみてくれ。」
「分かった。」
 剣士風の男が振りかぶり、次の瞬間僕は首のない胴体を見ていた。その服装には見覚えがある。僕のだ。妻が選んでくれた、寝間着。ただ胸の所が縦に裂けており夥しい血の色で染まってはいたが。
 意識が遠のき、消失した。

「ほっほ!!気持ち悪いものよの。まさかまさか…。」
「魔力が無くなったわけではなさそうだな。」
 僕は…何故生きている?
「次は中から…こいつを飲ませてみるかの。」
 明らかにおかしい色をした液体の入ったビンを見せてくる。
「それは…まあ、しかし殺すものに何も遠慮は要らんか…。」
 そして口にビンが押し込まれる。
 焼ける。舌が口内が、のどが!腹の奥まで!!

 また意識が取り戻された。一体…。
「全てが内向きじゃのう。」
「ああ、死して回復のみに注がれ続ける魔力など聞いたことがない。」
「この状態で食事は出来るのかのう?」
「肉ならある。やってみるか。」
「その前に…これもやっとくのもよかろう…ヒッヒッ。」
 そうしてさっきのとは違う液体が流し込まれた。
 瞬間、意識が消失した。

「ほっほっほっ!これは面白い!こうして見るとどうじゃ、実験動物としては良いのかも知れんのう!」
「悪趣味なペットたが…興味深い。ふうんっ!…これでならどうだ!?」
 見上げたその先に、降ってくる岩があった。

 なんで、僕は生きているのか…あれから何度殺された?
 殺されたのに生きている…行商人のはずのヤツに言わせると、死なないだけの存在。なんなんだそれは…。僕は死なない?こんなに苦しくて痛いのに、死なないとはなんなのか?
 さっきは毒で中から爛れたはずだ。頭が潰れる音を聞いた。
 手の先から肩までを順番に輪切りにされて眺めてもいた。
 僕はそれで気を失ったが、目が覚めると腕はあったのだ。

 背中側が冷たい。皮膚がガサガサする。地面は赤い。これは僕の血だ。とても1人のものとは思えない量ではあるが、目覚めるたびに増えていく。
 殺されるなんて経験は一生に一度だけでいいものを、何度も殺される。そして生き返る。その度に僕は死に至るだろう痛みと苦しみを繰り返している。
 やめてくれ、もう。
 そしてそれまであった痛みも苦しみもなくなり、嘲る声も聞こえなくなったことに気づいたのはいつだろうか?
 とうとう死ねたのかと、ぼんやりと思っていると次第に意識がハッキリとしてくる。
 辺りを見回しても奴らは居ない。日はまだ高い。
 どこかにでも行ったか。飽きたのかも知れない。奴らにとってモルモットでも最終的には不要のようでもあった。

 その場に上体を起こすと周りに人気はなく、周囲には肉片やら骨やらが散乱していた。
 もしかしたら散々遊ばれた僕のものなのかも知れない。千切れて飛んでそのままなのかも…確かめたくはない。
 脱力し、くの字に折れそのまま横倒しに倒れた。
 誰も…居ない。誰も…。

 ぶーん…とハエの音がする。やめろ、僕は死んではない…。
 いや、何回も死んだ生粋の死体ではないか。生唾を飲み込み、血の匂いを感じ、風の音を聞き、心臓の鼓動を確かめる。
 生きている。
 日はすっかり落ちて月明かりだけが僕とこの地獄のような光景を照らしている。
 家に帰り、妻だったものだけでも埋葬したかったが、寝室に妻の姿は無かった。
 惨劇の痕は確かにあり、妻が倒れていたベッドには乾いた血がしっかりとこびりついたままだ。

 いつのまにか夜があけていた。寝てしまっていたようだ。この身体は睡眠もするようだ。
 外に出て、昨日の凶行の現場に戻ると、そこには妻の指輪を嵌めた手首から先が落ちていた。拾って抱き抱える。
 ここまで理解出来たことなど何もない。散乱した肉片に骨。複数の衣服。全く分からない。
 村の外へと向かう道を行くと、あの行商人が転がっていた。
 そいつは絶命しており、その表情は苦悶に歪んでいた。
 どう表現したものかこの感情は。ただこの死体に何かをしようともならず素通りしたその先で、今度は剣士風の男の残骸が見つかった。
 こちらは鎧ごと指の先から細切れにされていったかのように、さながら落とし物のように一片一片と道が続いていた。
 終点には足首を見つけたところに全身がバラバラではあれど揃っていて、しかし頭があるであろう場所は、トマトを潰したみたいになっていて、兜で隠れていた顔を知ることも無かった。こいつらは何故死んでいる…?だがそれもどうでもよかった。ここはすでに地獄なのだから、何が死んでも不思議ではない。

 そして僕は落ちていた剣を拾い、自らその胸に根元まで突き刺したのだ。

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