かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜

ノベルバユーザー589618

第70話 死にたがりの男、プロローグ


 吹雪が荒れ狂う平野には、人の気配はない。
 これが近くにあると言う王国であれば、人の営みがありギリギリ保たれている魔術障壁と篝火などでまだその家々の姿を見てとれるが、何もない平野においては雪は積もる一方。
 どれほどの高さになるか分からないそんな雪原の一部が少し盛り上がったかと思えば、中から人の手が出てきた。
 それは少しずつもがきながら全身が這い上がってきた。
 汚いボロを着たガリガリの身体。
 それはとても生気を感じさせるものではないにも関わらず、鼓動と呼吸を確かにしているのだ。

 その汚い骨と皮の生物は、2ヶ月前にここにいた。
 その時すでに吹雪が吹き荒れて、ここへ辿り着くのも苦労するような有り様。
 そんな場所でそいつは寝たのだ。力尽きた訳ではない。
 自殺である。
 どこかの巫女のように生贄とかでもない、単なる自殺。
 10分もすれば寒さで凍死出来るだろう、そこでそいつは2ヶ月、生き延びてしまった。
 寒さでは死ななかった。2ヶ月もあれば飢えでも死ねるだろうが、死ななかった。さすがにその姿は飢餓の極限ではあるが、生きている。

 その生物は仕方無く東へと歩く。やがて吹雪の一帯を抜けると、そこは夏だった。
 冬の隣が夏という訳ではなく、なぜか先ほどの地域はずっと吹雪にさらされており、あるところまででピタッと境目があるのだ。それは恐らくは大規模な魔術か呪いと言われているがどうでもいい。
 単に死にたくて行ったのに死ななかった。それだけの場所だったのだ。
 帰ってきてしまったそいつは、とりあえず草でも食べる。
 どうせ飢えでも死なないのだ。食べよう。そういう思考だ。
 この見た目では何するにも困る。間違って誰かに出逢えば……そう考えたところで妙案が舞い降りる。
 この見た目は完全にゾンビかグール。
 道行く人を襲いでもすれば討伐されるだろう。
 それでなくともそういう人物に出会えばよい。人外だ。殺されるだろう。

 結果は残念なものだった。切られても潰されても焼かれても、しばらくすれば生命活動が再開する。もはやボロ切れ1枚もない有様だが、もとの飢えた骨と皮だ。
 この生き物は死にたがっている。なのに、ここまでしても死ねない。
 最悪なのは痛みも飢えも寒さも熱さも感じる事だ。そして、臨界点に到達すると意識が無くなる。普通なら死ぬとされるそこに至ってこの生き物は意識を失うのだ。気絶とは違う。夢を見たり、臨死体験でもなく、意識が消失するのだ。
 そして、また生きてしまう。

 皮を着て歩く骨。
 時には野犬にも食われる。崖から落ちてみてバラバラに弾けても、やがて手脚のついた生き物に戻ってしまう。
 これは呪いだ。
 その生き物はそう信じて解呪の方法をあたりもしたが、その度にこれは呪いとは違うと断られてしまう。そして、大概がそのあとに謎の集団に攫われて切り刻まれた。
 だが拘束されてそういう実験動物にされても、いつの間にか解放されている。切り刻んだ者たちは消えて失せているのだ。

 やがて別の国に近づくにつれ、この生き物を狙う冒険者は増えていった。日に2度死ぬことも珍しくない。厳密には死んでないのだが。
 冒険者側ではグールの定期的な発生として認識され討伐され続けている。一体のグールで複数回の依頼が出されて達成され続けるというループとなっていた。
 しかしそれもしばらくすると無くなる。
 襲われることもずいぶんと減った。

 もう何度目かも分からない討伐をされた後、気づけばその生き物は肉を取り戻して、骨と皮だったものは壮年の男の姿をしていた。水面に映る姿にそれがかつての自身のものだと知り、結局またこの自殺行は振り出しに戻ってしまったのだと嘆いた。
 道中に何者かに襲われたのか冒険者の死体があったので、服を拝借し近くの街へと進入して様子を窺う。どうも人々の話すところによると、最近は冒険者が少ないらしい。
 冒険者の間にだけ限定しての流行病があったのだとか。あるいは切り刻まれて無残な姿で見つかるだとか。情報は多分に憶測が含まれる内容ではあったが、奇妙な死を迎えているというのは確からしい。

 不思議に思う男は冒険者ギルドを訪れた。別に登録があろうとなかろうと見ていく分は制限などない。何かしらの情報でもあればいいと、もちろん自身が死ぬための情報。
 いっそ存在しないとされているおとぎ話のドラゴンとかいう、その通りであれば生命活動の維持はどうするのかと問いたい巨大なトカゲでもいてひと呑みにしてくれればいいとすら思って。

 だが、そんな存在の情報はなかった。そりゃあおとぎ話なのだから。
 しかし、調査依頼としてあるものを見つけた。
 それもきっとおとぎ話の類いなのだろう。マジマジと見る男に周りにいた者は、それはずいぶん前からあって誰も受けやしない。報酬もまともにないし、内容もあやふやで悪戯かなんかとの事だが、ずっとここに貼られてあるという。
 だが男はこんなものでも頼ってしまうほどに参っているのだ。自分でも馬鹿げている。

 [西の方にあるらしい願いの叶う街の情報求む。]
 依頼かすら怪しい。けど、この男はそんなものにだって縋りたいのだ。

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