かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜

ノベルバユーザー589618

第56話 【番外編】エピソード0、建国・栄華・衰退

 勇者の物語は、実際のところは街で必要な物資を研究者たちが提供したり、ベヒーモスのいる山へ向けての移動に道中の魔獣討伐、街への滞在、それらを含めてもひと月にも満たない時間であったが、王や宰相、特権階級や研究者たちの監修により、盛りに盛った内容となりそれをさらに事実として広められた。

 国難に際し現れるヒト種族の国の救世主の物語。フィクションではないノンフィクションの希望。
 自然とかつてのような国難の危機に瀕した時は、勇者の存在が熱望される事になる。
 だがどんなに国が、街が民が危険に晒されても勇者は現れない。どうにか王国軍によって乗り越えてはいる。
 勇者を喚びたくても出来なかったのだ、まだ神域にそれだけの魔力が戻っていない。あるいは代わりになるフィールドがあればよかったのだが、無いからこその神域と崇められる場所なのだ。

 とは言えその手段があるのに何も手を打たないなど出来るわけもなく、魔力溜まりのあるところ(魔力に満ちているこの世界にも濃淡はあり、人々が日常的に消費しない所にその傾向が見られる)にて召喚儀式は行われていた。
 その度に喚ばれるのはだいたい犬猫で良くて猿。それも残念なことにこの世界に現れたその時に魔獣と化して襲われると言う失敗が続いていた。

 失敗を重ねるごとに儀式をするメンバーは入れ替わり、その精度も落ちてくる。
 そして、ヒト種族の王国に何度目かの危機が訪れた時、神域の魔力が戻ったと報告があった。
 すぐさま王は用意できる限りの魔術の使い手を集めて、儀式を行わせた。そして得たものは、30人にものぼるニホンからの転移者であった。

 儀式のメンバーは大いに困惑した。何故このような事になったのか。ざわつく神域。しかし待ちに待った召喚者である事には違いないのだ。もしかしたらあの勇者に匹敵するものが30人と言う事もある。
 だが、その期待はあっけなく裏切られた。求めていたほどに強力な者は居なかったのだ。とりわけ高い魔力を有する者が居ないと、魔術師たちには分かるものだという。
 仕方なくその者達には、予定していた通りにこの世界に強力な魔獣の危機が迫っていること、それを退治せしめれば元の世界に帰れる事を告げて、当座の資金だけを渡して野に放つつもりだったが、ここで嬉しい誤算が起きた。

 召喚されたものは己の得意とする所を自分自身で分かる力を持っていた。田中と言う者は稲作の知識と作物に作用する力を、直人という名のものは壊れたものの修復が、拳人と言う者は武術に秀でて、武士という者は剣闘術において王国の精鋭をも圧倒した。
 彼らは元の世界ではただの凡人ばかり。教えたばかりの魔術で、その貧相極まりない身体で。これが後に定義される召喚者特有のスキルと呼ばれる物の認知された瞬間である。
 とりわけ凍夜の操る氷の魔術、ほむらという者の炎の魔術は凄まじく、結果として彼らは力を合わせて魔獣を討伐したのだ。

 これ幸いと、他にも放置していた魔獣についても同様に扇動して倒させて、当人達も非日常に浮かれていた。
 やがて彼らは戦闘職と生産職、その他と行動を別にしていずれも大きな働きを見せた。
 そうするうちに彼らはその力を持って、ヒト種族の王国の王族の地位に手を出したのだ。既に元の世界に焦がれる者はおらず、チヤホヤされ好きなものを好きなだけ手に入れられる現状の方が理想だったのだ。

 勇者には及ばずも並よりはずいぶんと高い魔力と、未だ解明されていないスキルを操る彼らに敵わず、彼らのもたらす知識や新しいもの、あるいは財に王国民は世界を渡ってきた彼らが国の頂点、中枢に収まることを良しとした。
 この時に新たな王国が誕生したのだ。
 初代召喚者たちはこの世の春を謳歌した。手に入らないものなどない。人々の方から擦り寄ってくる。金に溺れるもの、ハーレムを築く男に女。それでも王国はこれまでに類を見ない栄華を極めたのだ。

 だがそれも初代召喚者の時代だけ。彼らの能力は遺伝しなかった。他の世界で名付けられた彼らが、世界を渡る時に付与された儀式の残りカスの魔力とともにその名前に起因したスキルを身につけてたものの、あくまでもそれが条件であれば、生まれてくる子供には引き継がれなかったのだ。ニホンの言葉で強い名付けをしても変わらなかった。
 それでも国の中枢にいた者たちの一族。孫、ひ孫の代まででもその地位は守られ続けて、初代たちが築いた新しい王国と作り上げたシステムにより国民から搾り取る側にある彼らは貴族と呼ばれていた。

 貴族とは、ニホンから来た英雄たちの子孫である。では子孫の彼らは英雄なのか?否、そういうシステムの中で高い所にあるものたちである。
 国民は知っている。とは言え直接の不満などはない。
 初代たちは武力のみではなく、各方面に秀でていて彼らの言うところのチート、現代知識チートなどというもので財を築き自分たちの欲望のままに生きてはいたが、国民が享受した恩恵も凄まじいもので、生活レベルが一変するものだったのだから。
 それまでの王国は王を置いている国とはいえ、衛生も流通も通貨も言葉、識字率も、まともと言えるものは殆どなかった。
 初代たちの生産職と呼んでいた者たち。そのスキルによって上下水道が整えられ衛生の概念が広められ、水で流すトイレなどというものまで普及した。
 また、平和な国の出身らしく、スラムや孤児などを徹底して対策し、雇用の創出までした。その時建設されニホン人によって運営された孤児院の運営理念は、働かざる者食うべからずとした。捨てられた子供を集めて生活させて、かつ孤児たちも働かせて自立と運営費の独自化を促した。
 街には沢山の異世界の英雄たちの常識が増えていった。
 同じなんて無理だけどこれくらいまで出来たならなんとか(原始レベルから抜けて)やっていけそう!くらいの所まで頑張ったらしい。
 特に紙の普及による識字率アップは国民全員で取り組んだのだとか。その時にこの国の文字と言葉はニホン語というものに決められた。それに限らず大体のものはニホンにある物に近い物に置き換わった。

 そうして短い時間で劇的に文明レベルのあがった国民は、たとえ無駄に派手な魔術で彼らが外で大暴れしてその余波で畑や牧畜まで被害があっても、自分たちの働きから相当な搾取があっても、欲望のまま国民から見た目の良い若い男女を連れ去り肉欲にまみれた宴が行われていても…英雄のおかげだと、英雄に見初められて光栄だとそういう国なのだと、理解し受け入れていた。
 しかしその裏で、自分たちの脅威となるもの…つまりは新しく訪れるニホン人の可能性に危惧した何人かによって召喚儀式についてを知るものも実行できるものも合わせて、その殆どが問答無用で殺された事を国民は誰も知らない。

 そうすると、新しく英雄の召喚というものはほぼ望めなくなり、あとの時代においては自分たちで対処する事になる。
 当時の生産職と呼ばれたニホン人たちの作った武器は王国軍に配備され、魔獣を駆逐するのにその威力を発揮するが、時代を重ねていくほどに消耗品である武器兵器は補充がきかなくなり、王国軍人の死傷に伴い徐々に数を減らしても行く。
 初代たちの発案で広げられた農地は、魔獣が生きていくのに求める栄養を補うのに適しており、必然と魔獣被害は増えていく。それは国土の外より内へと向かう包囲網のようだった。あとはいつ王国内部へ侵攻を許す事になるのか。それだけだ。
 危機の包囲網が狭まるごとに国民たちは怯えていく事になる。対処しきれなくなる将来に不安を覚える。

 ヒト種族の王国の中心に近いところで住む、英雄たちにより愛玩種と呼ばれた一部の獣人たちはなおその危機感が強かった。
 転移ニホン人たちがケモ耳だとかモフモフだとか言って特に可愛がり、子孫の代のいまも自分たちの手元に置いておき好きな時に好きな事をするために保護している。そのため割といい生活は出来ているのだが…。
 なお、ここには女子しか住んでいない。男子は生まれれば外の一般区域で生活する。男子は必要ないとされた。女子は外からも連れて来られることがある。それでなくともここでも産まれる。ここの女子が主に奉仕という仕事をしているからだ。
 その奉仕という仕事の最中に、相手のニホン人が召喚の話を、儀式を知るものはみんな死んだなど、乱れた寝具の中で話したりしたものだ。

 ここの愛玩種の中でも、成長しても140cmほどの小柄で大きな長い耳が特徴のラビ種を特に愛する者がそれなりにいる。かつて初代の話す召喚儀式に興味を持ったラビ種の1人がそういった情報を何人ものニホン人から幾度となく呼ばれる度、舐められ突き上げられしてるときに聞き出して、その内容は囲われている愛玩種の中で共有して後世にひっそりと引き継がれていた。

 魔獣の包囲網を脅威と捉えて久しいある日、ラビ種の1人が神域を見てみたいと贔屓の貴族男子にねだった。儀式を無きものにした時に当然として神域は立ち入り禁止とされている。理由は神聖なものなのでニホン人達で管理するとかなんとか。
 貴族男子も最初こそ渋りはしたが、お気に入りの子の可愛いおねだりと、この男子の時代にはよく知らされていない理由で何となく立ち入り禁止の神域とでは天秤にかけるまでもなかった。基本的に頭空っぽなのだ。

 ラビ種の少女は神域にたどり着くと、少し1人にして欲しいと告げて人払いに成功した。
 そこで少女は懐から虹色の石を取り出した。愛玩種の皆で願い、魔力を込めた彩虹輝石である。それを握りしめて跪き少女は祈る。
 そこで起きた出来事は、結局何かが召喚されることもなく誰も何も気づかない。
 それがどんな結果に変わるかも少女にすら分からないが、輝石は色を失い透明になっていた。

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