かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜

ノベルバユーザー589618

第55話 【番外編】エピソード0、初代召喚者


 この世界ではごく稀に、よそから訪れる人がいた。
 その者たちは確かにこの世界に住む人々とは違う存在だった。姿形が違うのは当たり前、だいたいは非力なのに不思議な道具を駆使して何者も敵わない無類の強さを持っていたりした。
 そんな彼らは世界を渡る技術を確立したのだという。自分たちの世界から出て他の世界を旅行してるのだという。
 彼らは物珍しそうにこの世界を旅する。こんなに未開の地がとか、頭に耳の生えた者がとか、馬が箱をひいているとか。
 では彼らは旅行者なのか、それとも悪意を持った侵略者だったのかと言うとあくまでも旅行者なのだ。
 確かに彼らには目に映るもの全てが珍しいようだが、自分たちの世界の便利さ、この世界の不便さというところで、永住したりする事なく少しの間旅行して帰って行く。

 ある時、そんな旅行者の中に帰らない者が現れた。どこの世界にも変わり者はいるようで、不便さを天秤にかけてもこの世界に惹かれたようだ。
 その者はこちらに馴染み、ヒト種族と呼ばれる者たちの国で恋愛をして居を構えた。こちらの世界で何か特別なことをするわけでは無い。我々と同じように生きたが、とうとう子をもうけることはなかった。生物として相容れなかったようだが、それでも寿命が尽きるまで生きた。
 そうすると一つこの世界には無かった物が残る事になった。彼らが確立した技術だ。
 それは魔術の概念のあるこの世界の知恵者達によって研究される材料となった。しかし未知のエネルギーによって動作するその技術の箱は、エネルギーを補填してから30日が動作の限界らしく、戻る気のなかった持ち主は補填する事なくその動作を実際にさせることは出来なかった。
 それでも何世代にも渡って研究される事によって、魔術での実行に成功するに至った、とされる。断言出来ないのは、実行した者が帰って来ることがなかったからだ。
 この世界において魔術は自身の中にある少しの魔力で、世界に満ちた魔力に干渉して起こされる現象であり、つまるところ行った先に魔力がないと仮定した時、帰る術がない事に気づいたのだ。
 そうすると、実績のないそれを次に行う者など現れるはずもない。行った先が生きられる場所かも不明だ。
 この頃にもなると飽きられたのか世界を越えて現れる旅行者はとうにいなくなり助力を頼む事もできない。魔力に頼らない技術もこの世界には無い。
 自然と廃れていく研究となった。

 時は巡り、そんな話は一部の研究者のみが議論を交わすだけの話題でしかなくなったが、その一部によって形を変えて実用化されることとなった。
 ほんの興味でしかなかった。研究に身を置く者にとっての実験。行っても実証出来ないなら呼べばいいと。おそらく何かしらの結果は得られるはずだと。
 そう方向転換すると研究はどんどんと進んだ。世界を渡り干渉する、そのために使われる魔力、その先の世界を限定する方策に使われる魔力。そしてその対象を呼び寄せる魔力。
 過去に人ひとり飛ばした際の魔力は、この世界で50m四方の木々を一瞬で灰にするくらいのもの。
 では今回の用途にしてみると、それは山ひとつの木々を灰にするくらいの、大魔術に相当するとされた。

 そんな魔術などないし、試行の記録もない。どれほどの人数の魔術師の力が必要か、それすらも未知だ。それも今更の話でそもそものこの試みが未知なのだからと、賛同する108人の研究者によって、儀式という形で効率を高めたうえで行われた。ヒト種族によって行われたこれがこの世界のはじめての召喚儀式である。

 その辺りでは有名な霊山と呼ばれる神域で行われた儀式は、見事に成功して1人の年若い男をその場に喚んだのだ。
 その者はニホンと言うところから来たと言う。名前をユウキと言った。この世界と、この試みについて説明をすると、これが異世界召喚かぁと感動したようだったが、すぐにある事に思い至ったようだ。当然帰る方法があるかどうか、だ。
 これには研究者達も焦った。飲み込みが早すぎるし、身に起こった事に対して考えられる1番の問題もすぐに口をついて出てくる。まるで見知った出来事かのように。
 ここでひとりの研究者が、近年かの山に凶悪な魔獣が現れた、それを殺す事で使命を果たす事で帰る事が出来ると言ったのだ。凶悪な魔獣は本当だ。ヒト種族の王国の名だたる冒険者たちで束になっても敵わない。だが帰れると言うのは嘘だ。そこに因果関係などないことは百も承知。
 確かに召喚する対象先を限定する魔術はあるが、それはこちらが選ぶ訳ではなくあくまである条件に当てはまる所としてヒットした所と言うだけだ。その条件も知的生命体の有無くらいのものだ。送り返すにはあまりにもザルな条件と言えるだろう。
 また、それを行うにもこの神域での条件が整うのがいつになるのか分からない。いまこの霊山の周りには魔力は薄く、指先に火を灯すくらいの魔術ですら危ういほどだ。

 魔獣はベヒーモスと呼ばれていた。存在が既に災害のようなもの。しかしあれほどになるとその身を維持するための食事と言う行為だけでは足りず、近く自壊すると言われている。それが明日なのか一年後なのか不明でその間の被害もどれほどになるのか。
 ニホンからきたその男は、研究者の嘘を信じてベヒーモスを退治すると決めた。そしてこの世界の魔術の存在を教わり、すぐに魔術の行使に成功してみせた。そしてその規模は見たことのない強力なもので、これってチートってヤツ?などと独り言を言っていた。

 そのニホンの男は、見事一騎討ちにてベヒーモスを退治せしめた。それは恐怖に慄く近隣の国や街のもの達に平和を齎し、召喚者の異常なまでの強さを記憶に刻んだ。
 ではそのニホンの男はどうなったのか?結果としては相討ちであった。ベヒーモスを倒すには彼を持ってしても死力を尽くしたのだ。鍛錬した訳でもないニホンの男の武力は覚えたての魔術一本で、最後に捻り出した魔術はベヒーモスをオーバーキルするものだったが、その魔力を使い果たしたニホンの男はそのまま身体を保つことが出来ず、無残な肉片となった。

 全てが研究者たちの想像を超えていた。
 召喚者の理解の速さ。異常なまでの強さ。そして、なぜ魔力を使い果たして死ぬのか。
 魔力なんてのはこの世界の者にとってスタミナのような者だ。走り疲れたら立ち止まって休めば良くなるように、魔力を使いすぎて疲れたら休めば治る。
 それは異常な強さと共に仮説が立てられる事になる。召喚の際に使用された魔術に用いられた魔力。そのうちの全て、あるいは残りなどがこちらに来た際に彼に還元されたのではないか。
 そして、この世界の者たちは自身には少ししか魔力を持たず、使うにしてもそれは少しずつでしかない。そんな膨大な魔力を一気に吐き出してしまえば…器が保たなかったのではないか、と。

 しかし、大多数の人々にとって重要なのは、救ってくれた事実である。そんな研究者たちの好奇心故に起こされた悲劇という負の面を知る必要などない。だが救われた人々はその英雄の凱旋を心待ちにするだろう。
 もし討伐を自分たちの手柄にすり替えでもしたなら、その再現を求められたり、次に同様の魔獣が出た時には王命で出なければならなくなるかもしれない。そんなのは御免だ。彼らは研究者。誰かのために命を張ることなどしたくない。

 そして研究者たちにより作られた話は報告を受けた王により民へと語られる。
 この未曾有の事態を憂いた異世界の者が、この世界に降り立ち自らの生命と引き換えに魔獣ベヒーモスを討伐せしめたのだと。そしてユウキと名乗った彼を讃えて、魔獣に立ち向かった勇気ある者としてその者を勇者と呼び後世に語り継いでいくと。

 この世界には魔力が満ちており、人々は世界の魔力を用いて魔術を行使するが、その魔術についても殆ど解明されてはいない。魔術のルールとして火の概念が火の魔術を行使するのに、水の認識が水の魔術を行使するのにひと役かっており、王の宣言は後世に広く伝わった事実として、召喚勇者のその名付けがこの世界の魔術の行使のルールのひとつとなった瞬間である。

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