かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜

ノベルバユーザー589618

第51話 花園の裏表

 結局ダメなんだ。
 あんなに笑顔を貼り付けて、聞きたくもないどうでも良い話を延々と相槌をうちながら聞いても。
 伸びる芝生はやがて蛇のようにうねり巻きつく。
 女王はその美貌を醜悪なものに変え、それはもはや人の見た目を捨てている。このフィールドと下半身の繋がったナニカだ。
 周りの小さな妖精たちも、今は怖気のするナニカ。羽のついた短いヤツメウナギのような姿。

 こうやってこいつらはここに迷い込んだ生き物を戯れに恐怖に陥れて最後には自分たちの栄養に変えてしまう。
「久しぶりですもの、たぁっぷりと楽しみましょうね。」

 思い切り絡みつく芝生だったものを引きちぎって後方に跳びさがる。
 その俺に妖精だったナニカが粘液を吐きかけてくる。巻き起こす風で跳ね除けたところに、女王だったナニカが槍を放ってきた。いや、槍のように見えるヤツの身体の一部だ。
 蹴りを入れて弾き飛ばす。妖精ナニカたちが口から次々に槍を放つ。
 純粋な魔力の槍だ。耐性のない者が受ければ、浸透したところに痺れと強い熱傷を感じることだろう。だが俺には通らない。
 魔力を広範囲に展開させて、妖精ナニカごと遠ざける。足元から突き出る槍。躱したところで全体に棘を生やしてイバラと化したそれはうねりながら俺を囲んでいく。
「ソルン・ジェイル。どうかしら?一気に決めましてよ?」
 イバラは太くなり数をふやし、急速にその密度を増していく。それは徐々に圧迫し、動き続けるイバラはこの身を削り去るだろう。

 俺は手に発現させた双剣を振るいその囲みを脱した。
「天使と悪魔。白と黒の二刀は女王は初見だな。喜べ、すぐに終わるんだからな。」
 縦、横、斜め、下から、上から、足元を含めて俺の周囲を薙ぎ払い続ける。全てを細切れに切り裂く連撃。加速する。もはや女王にも俺の振るう剣は嵐のようにしか映ってはいまい。
「おぉ、お、お、おああああっ!!」
 女王の叫びが響くなか、俺はそのナニカごと周囲全ての景色を塵にした。


「やはりダリルは最高よの。いや、至高。ダリルセラピー。」
 艶々に輝く肌をもつそれは、先ほどの醜悪な生き物ではなく、最初の女王を1/3に縮めて愛らしくして生まれ変わったかのような妖精の女王。やけにツヤツヤとしていて、今はただ可愛いお姫様のようだ。この姿になると話し方から変わってしまい一気に親近感の湧く存在となる。
 その周りには同様にリフレッシュされた妖精たちがこちらもつぶらな瞳の羽根の生えた小人だ。
「ここで迷い人の世話をする時にの、自衛のためとは言えその者たちに根源的な恐怖を与えて、その時表面化された感情ごとここの記憶を抜き取っておる。しかしそれはどうしてもこの花園に蓄積されて澱みを作ってしまうよの。」
 前にも説明された内容だが、女王側のケジメというよりは言い訳であるそれも聞いてやれば彼女らも救われるだろう。俺も今現在この女王の世話になりっぱなしでもある。たまにこうしてサッパリとさせてやるのも俺の務めだろう。

「毎度のこととは言え、ダリルにばかり苦労をかけてしまって申し訳ないよの。見事にそのワザで天に還してくれた。やはりお主ここで共に生きないかの?」
「それは前にも言った通りだ。いま俺にはあそこに居る理由がある。すまないな。」
 おそらく、傍目には退屈そうなこの花園での暮らしは、住んでみればまさしく楽園なのだろう。何もない事を退屈とは思えども、それが苦痛になりもしない、ありのまま受け入れて生きていける、そんな別の理が働きかけているような世界。
 ここで安穏と暮らすのもいいのかも知れない。俺に何もないのならば、だが。
「そうか。まあ、断られる事など分かってて言っておるのだから恨み言もない。残念なのはたしかではあるがの。
 そうとなれば、早速その魂珠を昇華してくれよう。」

 もはやテーブルセットも消し飛んだ、元花園で芝生に転がったままの魂珠を妖精たちが仲良く支え合い女王の元に差し出す。
 女王はその指を魂珠に差し入れて、魔力が込められる。長い髪がふわっと舞うと、一陣の風が女王を中心に周囲に走る。
 風が通った後には、花が咲き乱れ見事な生垣が再生されて、甘い香りがする。これは金木犀か。
 妖精は歌い、舞い踊り、晴れ渡った空からは太陽が優しく照らし出す。
 女王の手のひらに虹色をした一粒の石が作られると、魂珠は光になって弾けるように瞬いたのち、すうっと消え去った。

「魂珠。これは…また珍しい作りであったの。大多数の終わらせたいという願い。それは永い冬に閉ざされて命の火が消えるのを待つだけの日々からの解放。それが叶うのなら死をも厭わぬ者たち。いま弾けた光がそうよ。何かしらの結末をもたらすであろうな。」
 女王は見上げた視線を手元に移して
「これは魂珠の中で総量こそこのくらいではあるが、たった1人の願いがこれほどに濃密な彩光輝石を作り出すとはの。この者の願い、それは…死なせた娘に対する贖罪と娘の幸福。今一度の生を幸せとともに歩ませてやりたいという願いよの。」
 女王はその石を俺に手渡す。
「この石は間違いなく死者を甦らせられるだろうの。だが、そうだな…余りにも強い願いは絡み合い、その手段を限定しておるのぉ。」
「手段を限定?これは死体に載せてやればどうにかなるものではないと?」
 またしても面倒ごとか?
「そうなるよの。少なくともこの者の魂を幸せであると思わせて手渡す。その際渡す相手は肉体でなく魂であっても構わん。お主なら魂と関わることもできよう。」
「いや、俺を何だと思っている?」
「少なくとも魂という、生き物が認識出来ないものの存在をその身をもって知っておるではないか。」
 ああ、そう言うことか。確かに、この世界に生を受けたその前より俺は俺を知っている。知っている者に対して条件を整えられれば確かにできるな。だが。
「幸せなどそう簡単にいくとは思えん。」
「なあに、相手は女子のようだ。娶ってやれば良かろう。それがお主たちの多幸感の最たるものではないか。」

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