かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜
第40話 海の魔獣
「まぁったく。力任せに叩きつけやがって…というよりもここのドワーフたちの水準がいまコレと言うことかも知れんな。」
「どのみち子どもにやらせるにはそれ用に道具がないと話にはならん。これまでの自分では無理だときちんと認識するにはちょうどよかったのだろうな。」
そんな会話のなされている側で俺は相棒を抱き抱えてないた。男泣きに泣いた。
「いや、おもちゃ壊れて泣いてるガキンチョだろよ。」
「これは、父ちゃんが初めて俺に仕事について来てもいいって言って買ってくれたツルハシなんだ!男泣きなんだ!」
これは本当に大事なんだよ。初めての思い出のツルハシ。
それがこんな…。
「じゃあ、どうするよ?ダリルぅ。」
「ツルハシ、作るしかあるまい。」
おや?なんだかこれは…もしかして?
「ツルハシ作ってくれるの!?やったー!!」
新しい相棒がやって来る。こんなに嬉しいことは父ちゃんの回復の次くらいだ。
「男泣き、ねぇ…。」
バルゾイおじさんが呆れてるけど、気にしない。子どもなんだもん。
「で、なんで海?」
俺はパンツに浮き輪、ゴーグルとシュノーケルというやつを渡された完全装備で浜辺にいる。
「お前にはそこの磯へ回り込んでこれくらいの二枚貝をこの籠一杯に集めてきてもらう。これはツルハシ作りに大事なことなんだ。」
そう言ってダリルお兄ちゃんは手で貝の大きさを説明している。
わざわざ街を越えて反対側の西の海まできて磯の貝拾い。よく分からないけど、子どもの俺は考えず仕方なく泳ぎ磯の海底にある二枚貝をとりにいく。水が冷たい。しょっぱくて、打ち寄せる波に押されてゆらゆらして…楽しいけど仕事だからっ!
海の中を覗くと魚達がたくさんいる。海藻は揺らめき、目当ての二枚貝もたくさんだ。あのトゲトゲした丸いのはなんだろう。イカもいてる。あそこにはエビだ。市場でしか見たことない生き物たちの生きて泳いでいる姿は新鮮だ。仕事してるだけだから!周辺の危険がないか調べてるだけだから!!
けっこう時間掛かったけど、これはたくさん貝を取ってたから仕方ないのだ!既に夕日が海を綺麗に染めていても、仕事だから!!頭についた海藻を払いながら浜辺に戻っていく。
「楽しかったか?」
「うん!いっぱい魚がいて綺麗だったよ!」
いま俺たちは浜辺で火を起こして、網の上で貝とイカとエビを焼いて食べている。全部俺のとってきたやつだ。
「まさかこんなにとってくるたぁ、ずいぶんと楽しんだようだなあ、わっはっはっ。」
バルゾイおじさんは酒まで飲んでいる。
俺の顔が赤く見えるかもだけど、夕日と焚き火のせいだから。エビが美味しい。
既に夕日も沈んで、満天の星と焚き火が俺たちを照らすなか穏やかな時間が流れる。焚き火の火を見てると心が落ち着くのは何故なんだろう。バルゾイおじさんも焚き火を眺めて嬉しそうにしている。
「この世界には今も昔も魔力が満ちている。その使い方を皆が忘れてずいぶん経つがな。それでも世界は使い方を忘れていない。特にこんな新月の夜にはそれが顕著に現れる。」
ダリルにいちゃんの1人語り。なんの話だろう。
「魔獣はこの土地ではその数を多くはできない。今はそうなっている。だから特に魔力が高まるその時、現れる。ここに奴らのエサがあるぞとこれ見よがしにしてれば、向こうからやってきてな。探す手間が省けるってものだ。」
ザザっと波が押し寄せる。そのリズムが変わって、海を見た俺の目に全身が濡れた身体の頭がマグロってヤツにそっくりな何かが、胸から上だけだしていて、バッチリ目が合った。
「マグロ頭の魔獣。まあ、サハギンなんだが…俺としては、恐怖、マグロ男!みたいなタイトルをつけたいところだな。」
サハギンは先端が3つに分かれている槍を持って走ってきた。
「うわぁっ!くるよっ!?気持ち悪い!何してんの逃げなきゃ!はやくぅぅぅ。」
「トマス坊は泣き虫だなぁ。俺っちたちドワーフはあんなのにビビるこたぁねえんだ。まあさがって見ときな。」
バルゾイおじさんが立ち上がり、焚き火から一本の太めの木切れを取り出す。どうやら武器のつもりらしい。
ダリルにいちゃんは黙って座ったままだ。
「ダリルにいちゃん、バルゾイおじさんが!」
「まあ、ドワーフのワザをしっかり見とくことだな。」
全く心配していない。ワザってなに?ドワーフって鉱夫だったり鍛治職人だったりじゃないの!?
「水にまみれた魔獣に火ってのもアタマおかしいかもな…。とはいえ問題なかろうて。」
バルゾイおじさんと魔獣の距離はもうそんなにない。魔獣は浜辺を歩いている。ダリルにいちゃんくらいの身長だけど全身を青い鱗で覆っていて二足歩行してるけどなんか気持ち悪い。
「既に間合いに入っているが動かないか、2人ともが。」
ダリルにいちゃんは解説してくれるのかな?
先に動いたのはバルゾイおじさんだ。
たいまつみたいに持った焚き火の木切れじゃなく普通に拳で殴りにいった。
後ろにさがった魔獣は難なく躱して口から泡を噴き出してバルゾイおじさんに当てる。
バルゾイおじさんは濡れたけど何の意味があるんだろう。
「泡。それがただの水とは限らない。何かしら攻撃として成立するものだろうな。」
泡が弾けてバルゾイおじさんはその場に膝をついてえずきはじめた。
まさか、あの中には毒が入っていたとか!?
「だからほどほどにしておけと言っていたのに。」
バルゾイおじさんはとうとうゲロを吐き出して苦しそうにしている。
「た、助けないとっ!!」
なんでダリルにいちゃんは助けないんだ、あんなに苦しんでるのに。
「…あれはただの飲み過ぎだ。飲んでいきなり動いたから戻したみたいだな。」
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