かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜

ノベルバユーザー589618

第39話 こどものツルハシ

 狐獣人はしばらくそのつり目がちな大きな瞳で見つめたあと、背を向けてしっぽを揺らしながら去っていった。
「トマスくん?どうかした?」
 レイナさんが心配して声を掛けてくれるが、俺は答えられない。さっきの言葉の意味を考えていてそれでいっぱいいっぱいだ。

 この孤児院には人間も獣人もいて大きな子から小さな子までが一緒に仲良く暮らしていて…。
 ベッドが沢山並んだ部屋でみんな一緒に寝るのがここの習慣。寝静まった部屋で寝返りをうちながら考える。わかっている、認めたくない動機。
 楽しそうで、幸せそうに見えて、ここの街の子なのに、親はいない。
 結果として1人放り出された俺は何することもなく、探していたんだ。居場所を。
 宿があっても優しいおばちゃんがいても、パン屋の香りがよくても、お金を持たされていても、1人だったから。
 ここの寄せ集めのグループでなら俺がいてもいいかも知れないし、親がいるだけ俺はここの子たちより惨めじゃないと、マシなんだと思っていた。そう思ってしまったんだ。
 こんな嫌なやつは他にいない。自分を迎え入れてくれた人たちを下に見ながら甘えていたんだ。
 別に捨てられたわけじゃない。俺の願いを叶えてくれて、俺たちが負い目を感じないように計らってくれて、不自由な生活をさせられているわけじゃない、むしろ優遇されているのに。勝手に黄昏て…恩をその時限りで忘れて、いまはこんな事して満足しているんだ。
 俺が願った事。こんな事じゃなかったはずだ。

 一睡も出来なかった俺は翌朝レイナさんに、やりたい事があったからやっぱり戻ります。と言って荷物を抱えて出てきた。あとから聞いたところによるとレイナさんたちは、良くある親子喧嘩の家出少年だと微笑ましくそして羨ましく思っていたらしい。それを聞かされたときには耳まで真っ赤になってうずくまったものだ。
 宿はずっとおさえられていたらしく、すんなり部屋に戻る事が出来た俺はダリルにいちゃんの店に着いた。
 カランカランという音を鳴らしてはいった先では、ダリルにいちゃんが狐獣人の子に、そうだな、すまん。と立たされて謝っているところだった。

 狐獣人の子は入ってきた俺に気づくと、あっと言って俺の後ろを指差す。
 えっ!?っと振り返るが何もない。前に向き直るとそこには既にあの子は居なかった。
 ダリルにいちゃんは苦笑いしながら頭をかいている。
 よくわからないけど、俺の願いを告げよう。

「ダリルにいちゃん、俺は父ちゃんの役に立ちたいんだ。村のみんなの役に。」
 真っ直ぐ見る俺の目をダリルにいちゃんもじっと見返す。
「なるほど。助けて終わりでないならどう言うことかと思って好きにさせていたが…そう言うことか。わかった、ならバルゾイと共にそうなれるように手伝おう。」
 俺にはよく分からない納得の仕方をしていたけど、ダリルにいちゃんの隣にいるバルゾイおじさんも頷いているので、まあ、いいんだろうっ。

「役に、と言うと一体どう言うことなんだ?」
 バルゾイおじさんが聞いてくる。
「俺が父ちゃんの代わりになるくらい働けて、坑道が崩れても助けられるようなドワーフになりたいんだ。」
 俺が願ったこと。父ちゃんを助けること。それが叶ったなら、あの後悔を繰り返さないで済むように。もうあんな想いはしたくないんだ。
「まだ6歳くらいのガキンチョが生意気なことだが、ドワーフならそうでなくちゃぁなっ!」


 俺たちは山の中腹の広くなっているところにいる。俺の村のあるのとはだいぶ東にある別の山だ。
「俺っちの見立てならこの辺だわな。」
 そう言うバルゾイおじさんが壁のようにせりたった崖に大きく印をつける。
「ふむ、よし。じゃあ子どもよ、ここを掘り進めて一本の坑道を作れ。バルゾイがいいと言う深さまでだ。」
 とんでもないことを言い出した。
 俺は父ちゃんたちが作った坑道で採掘の手伝いはしていたけど、何もない崖に横穴を開けるなんてしたことなんてない。それもひとりで!?
「まあ、1人だが俺っちもそばにいてるぞ?」
 そう言うことじゃない。6歳のガキンチョに何を求めているんだ!?
「違うな。求めたのはお前だろ。」
 ダリルにいちゃんの言葉にハッとする。
 また俺は…俺が望んだのに求めたのに。
 考えても仕方ない。俺は子どもで何もわからないし、何も出来ないんだから。
 持ってきた俺の、父ちゃんに買ってもらった相棒(子ども用ミニツルハシ)を握りしめる。
 バルゾイおじさんが印をつけたど真ん中めがけてぶち込んだ!!
 手が痺れて思わず相棒を落としてその場にうずくまる。手がビリビリして涙目になるけれど、ガマン。
 気を取り直してもう1度!また涙目でうずくまる。
 もう1度と掴んだ相棒は持ち手の真ん中から折れて、ツルハシの先は欠けてしまっていた。

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