かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜
第36話 奇跡のクスリ
虫の息の父ちゃんをみんなで優しく、衝撃を与えないように………四つん這いになった巨人の背に乗せて、巨人にいちゃんはそろそろと村へと運んでいく。乗せた時に、筋肉クローラーと小声で言っていたのを耳にしてしまったが、これまでの言葉も意味不明だし、世の中にはそういうイタイ人ってのがいるとは聞いていたので、そっとしておくことにした。
ちなみに筋肉クローラーは奇妙なほどに揺れを感じさせないものだった。一応謎の気持ちを除けば感謝しかない。
静かにベッドに横たえられた父ちゃんに母ちゃんが縋り付いて話しかけている。
傷だらけの顔はもう目も開けられないようで閉じたまま。口もほとんど動かず、流し込んだ水もうまく飲めない。
呼吸するだけ、父ちゃんに今できることはそれだけとなっていた。
俺も姉ちゃんも父ちゃんのそばで、その時まで一緒に居ようと。痛むと可哀想だから手は握らないで重ねるだけだけど、俺たちを感じてくれたらそれでいい。
巨人にいちゃんもバルゾイおじさんも悲痛な顔だ。
ダリルにいちゃんは間に合わなかったみたいだけど、間に合ったとしても何も変わらなかったと思う。助け出せただけでも奇跡みたいなものだし、これ以上は贅沢な望みだ。
けれど。
「うぅっ、ひぐっ…」
涙は抑えられない。
父ちゃん、すぐに助けられなくてごめんよ。仕方ないとか他の誰だってどうしようもないとか。そういうのは分かっているけれど、俺がどうにか出来る男ならよかったのに。
ごめんよ、普通の子どもで…。
「いや、まだ諦めるのは早いな。」
「師匠殿!間に合いましたか!?」
「なんだそれは、この少しの間にキャラ変わりすぎだろ。」
現れたダリルにいちゃんは何やら手にしていて、そばにあった机の上の物を乱雑に押し下げ床に散らかして何やら作業を始めた。
突然の場違いな行動に唖然としてみんな見守るばかりだったけど、1番歳をとったドワーフがその工程をみて
「まさか…それは奇跡のクスリ…」
「ほう、これがわかるか。とっくに失われた製法のはずだが、ならこの水でそこの奥さんにうがいをさせてくれ。」
そう言ってダリルにいちゃんから水のはいった瓶を受け取ったドワーフじいちゃんが、
「奥さん、これで口をすすいで下され。この聖水で清めるのです。それであなたの旦那は助かるのですっ」
「奇跡ってのはいつの時代も、夢とか希望とか愛とかそういうもので成し遂げられるものだ。素材を集めるのもそこらの凡夫には不可能だが、クスリを作れたところで最後の要素、愛ってのは俺には無理だからな。
あの鉱夫を愛する者が魔力の扱いに長けたものならいいが、大体はそうじゃない。ならどうするか。これも定番じゃないか?愛の口づけっていうくらいだし、口移しが昔から行われた1番メジャーな奇跡のクスリの処方なんだよ。」
一命を取り留め、みるみるうちに回復を始めた父ちゃんはすでに意識を取り戻し、助かった経緯とクスリについてをダリルにいちゃんと俺から聞いていた。
巨人にいちゃんはダリルにいちゃんに謎の緑色の薬を顔に塗りたくられて大人しくしている。
「そんな貴重なものを。いや、俺を助けてくれたこと心より感謝する。」
深々と頭を下げる父ちゃん。
これで一件落着。いまの坑道はダメになっちまったけど、また別の坑道を掘ればいいんだから、そこはみんなで頑張ればいいさっ。
「奇跡のクスリは大変貴重なもののようで、そこの爺さまの記憶にもかつては王に捧げれば広大な土地と孫の代まで遊んで暮らせるほどの恩賞が与えられたほどのものとか。助けて頂いたのは有難いが、とてもそんな支払えるものなどここには…。」
俺は血の気が引くのを感じた。確かにドワーフじいちゃんも、ダリルにいちゃんも失われた製法とか。そしてあんな状態だった父ちゃんがみるみるうちに完治するとか、まさに奇跡の出来事。それがその辺の薬みたいな金額な訳ない。その奇跡の対価なんて何を差し出しても釣り合わないに決まっている。鉱夫の命も貴人の命も等しく救える薬。
「ダリルよぉ。確かにこれだけの事してやって、タダなんてわけにはいかねえだろうよ。」
バルゾイおじさんが苦笑いの顔で片眉を上げてそう言う。
「た、たしかにその通りですね。けれど師匠、俺の労力についてはその必要はないですよ?むしろ得たものの方が多いくらいですしね。」
緑の巨人にいちゃんがキャラを取り戻したようで、そう言ってくれる。
ダリルにいちゃんはそうかそうかと頷き、やがてニッと笑い
「なるほど、確かにどうしたものかと考えていたが、俺の弟子がそう言うんだ、弟子の勉強代を差し引いて代金はこの少年1人を貰うという事で手を打とうか。」
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