かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜

ノベルバユーザー589618

第33話 リトル・マイナー、プロローグ


 光も射さない坑道の奥でツルハシを使い鉄鉱石を採掘する男たち。その中にひときわ小さな影がある。
「とうちゃん、でっかいの出てきたぜ!」
「おお、そいつは上物だな。でかしたぞトマス。」
 トマスと呼ばれた子どもは嬉しそうにはにかむ。
 とうちゃんは村のドワーフの中でも強くてかっこいい自慢のとうちゃんだ。
「おぉい!飯にするぞっ!外に出ろ!」
 休む時はしっかりと休む。ずっとこもっていることも出来るが、そうするとこの山の魔力にあてられて酩酊状態になってしまう。そうなると仕事どころでは無くなるので、移動の時間が惜しいが2時間を目処にして出るようにしている。
 その足元をネズミが走り去る。それも続けて何匹も我先にと外へ向けて。
「いかん!走れっ!!」
 先頭をご機嫌で歩いていたトマスも慌てて走り出す。
 坑道の崩れる音。
 激しい崩壊の音が迫り来る。
 トマスが走り抜ける。他の者が出てくる。だがトマスの父親は。


 人口3000人ほどのスウォードの街ではほとんどのものが自給自足となっている。それでも他所から買い付けないといけないものもあり、鍛冶屋が必要とする鉄鉱石もその一つだ。
 街の北に連なる険しい山々には獣も清流に棲む魚もいて暮らすことも可能だ。
 ここに鉱夫たちが住まう集落があり、古くはスウォードの住民だった者達がいっそここに住もうとつくった鉱夫たちの集落である。
 人口は60人。老若男女あわせて。そのうち鉱山で働くのは13人と少ないが一つの街の需要を満たすだけならさほど問題はない。むしろそうして供給される鉄鉱石やその他鉱石などは価値が高めで村の生活は並みより少しいい水準であるし、万一困窮するような事があれば、街の執行部にプールされている補助金が充てられる用意もあり、ここもまた街の自給自足の相互扶助の枠組みの中であるのだ。
 たまに下りて街に来る鉱夫の村の住民は羽振りも良い。山の上で危険手当を含んだような高めの収入が山の上でいてるうちは使うこともないのだ。だから物資の補給ついでにたまの街でハメを外す彼らは金払いよく、商店を営む者たちの上客である。

 しかし“危険手当”である。それはその仕事には危険が伴うという当たり前のことを表しており、事故による死傷の割合はこの辺りで最も高い職場である。坑道の崩落もしばしばあることで、それが今回トマスの父親だったとしても、皆からすればしばしばあることなのだ。


「あそこの環境はほんとどうにかしてあげられないもんかねー?」
 ギルドに併設される施設の一つである事務方の建物のなかで、主任の中年女性がそう呟くのを仕事中のここ最近自分が巨人族の1人だと知ることとなったデカブツが聞いていた。
 つい先日の事だが、あの山の坑道で崩落が起こり、1人の鉱夫が生き埋めになったと。間の悪いことに鉱夫の子どもも居合わせていて、錯乱した子どもが手指の皮が剥けても血みどろになっても泣きながらツルハシで、指で、土を掘り続けていたのを力尽きて失神した所で街に連れてきて療養させているとのことだ。もちろん周りの鉱夫も救助に尽力しているようだが、まず見込みはない。
 かと言って何が出来るわけでもない。
 山なんて超質量のものに横穴を開けているのだから、それが崩れてきてもなんの不思議もない。
 あの山でとれる鉄鉱石から自分達の生活道具は作られている。危険ではあるかも知れないが、なくてはならない仕事に命を張ってくれている。出来る事があればしてやりたいが崩れる山を支えるような事は流石に無理だ。
 誰とも知らない他人のことだからか、この仕方ないと切り捨てる考えに気付き自己嫌悪を覚える。だが何も出来る事はない。
 眼鏡をかけ直そうと指を持っていくが、自分が眼鏡をしていない事を思い出して手を下ろす。たまに人間だと思っていた頃のくせがでる。
 そういえば…とデカブツは同じく思い出した事がある。
 それはデカブツが師匠に戦闘指導を受けていた時だったが、このデカブツを目一杯叩きのめすために、自分のとこの練習場に何かを施していた。何とは教えられてはいなかったが、あの後あれだけ建物に打ちつけられて、周りに何の被害もなく話題にもなっていないことから、あれが補強する何かのワザなのだと推測出来る。
 そんな事を考えていると、数字を書き間違えてしまった。
 とりあえずは目の前の仕事を終わらせてデカブツは、この件を久々に師匠のもとを訪ねて聞いてみることにした。

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