かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜

ノベルバユーザー589618

第30話 最強の巨人族


「ミーナ、ずいぶんとらしくなってきたな。」
 狐っ子はえへへと照れながら
「おかげさまでねっ。まだ小さいけどそれでもほとんど元通りだよっ。ビリーくんともまた居られるし…ありがとねっ。」
 膝の上のミーナの頭を撫でながら穏やかな時が流れる。
 ふとミーナが顔を上げる。
「ダリル。時間はこれから、ゴリラと同じ場所のようだねっ。」
 ミーナは膝から下りてそう声を掛ける。
 ため息をつきながら、飲みかけのコーヒーの入ったカップを飲み干す。
「走って行くの?筋肉フェスティバルに参加表明っ?」
 ダリルはコートを羽織り
「走って行くとか馬鹿らしい。いつものようにバイコーンで行く。」
「いってらっしゃいっ!お店は任せてねっ!」


 筋肉フェスティバルの会場では汗が飛び散る男臭い熱気が周辺の獣たちを近づけさせない。木々は倒され、茂みは根こそぎ吹き飛び、整地でもしているかのようになっている。
 さんざん繰り返されたレオとの闘いをなぞるかのよう。殴られれば殴り返し、蹴られれば蹴り返す。時には掴んだり投げ飛ばしたり。お互いに一歩も引かぬ攻防。
 2体の雄は気づいていないが、少し離れた木の上には闘いを見守る金髪の姿がある。その手にはいつものように弓を持って。

 手の内はお互い晒してしまっている。と言うより殴り合うより能のない両者には身体的特徴と魔獣にはその牙での噛みつきがあるくらいか。つまり魔獣の方が有利だと見える。
 その魔獣が猛々しく吠えて、体毛を紫に染めあげる。
 これが本気。そう言わんばかりのプレッシャー。
「ダメそう…これではあまりにも…。」
 自身もそうであるが元から魔力を使いこなす魔獣についこの間に目覚めたばかりの半端者が真っ向から敵うとは思えない。
 弓に矢をつがえる。
 気を逸らすだけでも出来ればあるいは。
 そう思う彼女の肩に手を乗せる男。
 いつの間にとは言わない。こう言う者たちなのだ、彼らは。
「まだだ、ヤツはもう一皮むけるぞ。」
 レオがそう言うならそうなのだろう。矢はしまって観戦に努める。


 俺の踏み台!ずいぶんと気配がデカくなってくれたが、少し超えるのが手間取るだけだ。すでに俺が勝つのは…
「決定事項なんだよっ!!」
 グルグル唸っているだけのゴリラのボディーに渾身のハンマーパンチがめり込む。
 確かな手応えを掴んだ俺の左頬を平手が見舞う。
 脳が揺れるような衝撃に意識が飛びそうになる。
 両手を握って上から振り下ろされた拳は俺を地面に這いつくばらせ、腰から持ち上げられて叩きつけられる。


「あわわわゎ。心配になってきた…。」
 とは言えレオが信じているのだ。なら問題ではないと分かっていてもハラハラする。
「お主たちも対して変わらなかったと聞いているぞ。」
「わたしは違うもん!迫り来る熊をばっしばっしと撃ち抜いたんだから!」
「トレントの方だ。」
「うっ…あれは…。」
 金髪は目が泳いで口ごもる。


 なんとか意識を保ち、後ろに跳び下がり構える。けれどももう脚に来ている。このフィールドで次に全力をぶつけてダメならダメなんだろう。それは諦めではなく、次で決めると言う決意の表れ。
 距離を詰めて来る魔獣。そんなに遠くない、すぐに来る。
 バレバレでも全力はこの右腕の大振りだ。最後の一撃。高まる魔力、身体中を駆け巡る!それは徐々に行き場を無くして顕現する。
 あと一歩の距離まで来た魔獣は、埋めた風に見せかけてあった穴に片脚がはまり、体勢を崩す。
 そこに渾身のハンマーパンチが炸裂した。


「あれは何だったの??」
 フィナは先ほどの光景を思い返して聞いてみる。最後の攻撃の瞬間、まるでジョイスの身体が膨れ上がったかのような濃密な魔力の塊。それは本当に巨人と呼ばれる存在だと思わせた。
「あの種族が巨人族などと呼ばれるのは、体内魔力を増幅させてその身に纏い闘う種族特有の纏魔というスキルがそう見えるからだ。考えてもみろ、せいぜい3m4mくらいで巨人などとは、さすがに誇張がすぎるだろう。」
 いや、十分デカいけどね。とは思ったが神妙な顔して頷くフィナ。
「その代わり、今のあやつがあれをしたならばもう体内に魔力は残っていない。今のあやつは少しデカいだけの人間だ。」


 魔獣と素手でやり合って勝ってしまうのは俺くらいなものだ…他はともかく素手部門は俺が最強だろう…。弓なんかは先輩に敵うはずもない。
 強烈な疲労と痛みに耐えながら何とか座ることができたが立つことは無理そうだ。

 満足感にこのまま真っ白になってしまってもおかしくない。
 そうこのまま俺の最強の印象をここに称えたままこの物語を締めくくりたい。なのに、筋肉フェスティバルへの飛び入り参加が一名いらっしゃったようだ。
 いまの魔獣と同じ種か、しかし全身に体毛はなく、妖しく輝く瞳は俺の情熱の火のような赤でその姿はまるで巨人そのもの。纏う魔力は俺のものよりも一回りは違うだろう量を既に顕現し、維持できている。まるで我こそが真の最強と言わんが如くのその姿に抵抗する気概も失われる。
 諦めの気持ちが俺を支配しようとしたところに声を掛けてくる者がいた。

「似ているがな。あれは猿の魔獣がそれでも足らず魔力を浴び続けた末路だ。放っておいても自壊するがその前にお前が食われたら意味がないからな、まあ、そこで休んでおけ。」

 口に何かを咥えて現れたダリルは首を視点に左腕に柄を持ち、背中の先で刃の先端を下に向けた大鎌を持っていた。

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