かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜
第25話 くじける最っょ
事情を話すと、そのエルフはどこか納得した風で先輩に任せなさいっ!と控えめな胸を叩いた。
その後、用事を済ませたエルフがダリルに提案したのは、鍛錬に同行して狩るところを見せてくれるという、ごくシンプルなものだった。
「まさか走って来るとは思わなかったよ。わたし達だって馬に乗って来るのに、気合の入った準備運動だねぇ。」
驚いたような呆れたような感心したような。共に走って来てそんな事を言うエルフはしかし息も乱れず余裕すら感じられた。
そもそも走ってたのか?全力で走る俺とレオの後ろに付いてきていたが、足音はやけに静かでその足取りも…異様な歩幅という感じだった。しかし現実にここにいる以上は走っていたのだろう。
「まあ、難しい事はないから、ついてきて見ててね。」
彼女は軽く走り出したかと思うと、近くの木の枝に飛び乗り、木から木へと移動しだした。
レオはアゴをしゃくって合図しただけで、ついて来る気はないらしい。
「くっそ!」
そんな猿みたいな芸当が出来るはずもなく、下草を分けてついていく。道などないが木の上を行く彼女には関係ないのだろう。必死で追いかける俺の前に彼女は降り立ち
「もう、うるさすぎるよ。そんなだと虫でも逃げちゃう。野性の獣を狩るなら、極力しずかに。獲物の息づかいを感じ取る気持ちで探すのよ。」
そう言ってまた木の上に飛び移った。
「まあ、わたしも先輩にそう言われたんだけどね。」
人に教える事が出来て嬉しいのか、楽しそうなウインクをしていた。
それまでとは違い静かに、けど見失わない様に追いかける。
「やったね、いたよ。」
小声で彼女が指差す先に1頭の猪。あまり大きくはないが成体ではあると言うところか。
彼女は構えた弓を引き、放つ。目にも止まらぬ2連射。
小さなうめき声をあげ、倒れた猪の影にもう1頭の猪。どうやらつがいで俺の位置からは視認できていなかったようだ。
「どう?先輩はすんごいでしょ!?」
同じ高さに立てば敵わない分まで全力で見下ろしドヤるエルフに、腹も立たずただ頷くしか出来なかった。
だが、驚いたのはそのあとで、仕留めた猪を彼女は2頭ともを纏めてその肩で担いで歩き出したのだ。
「いや、先輩よ。持ち帰るくらいは俺にやらせてくれ。」
「ん?そう言うなら…でも持てる?」
まさかの言葉に俺は
「力なら任せてくれ。見よ!この逞しい腕、背中、脚ぃ!!」むきむきむきっ。
「んじゃ、ほいっ。」
俺の逞しい背中に乗せられる猪、1頭、2頭。
俺は重さに耐えられずその場に膝をつきついに立ち上がる事はなかった。
「今日はもう終わりにする。」
その言葉だけで、失望されたのだと俺は悟った。
帰りも走るが、首輪はない。俺が手ぶらで行きと同じく全力で走る後ろに、猪2頭を担いだエルフが息も切らさず走っている。彼我の実力差は比べるのもおこがましいほどで、レオにもエルフ少女にも敵わないのだと、これまでの自信などもはや微塵もなくなってしまった。
翌日はとうとう店に行かなかった。
仕事が終わって鍛錬場に行くこともなく、ベッドに転がる。
もうビキニアーマーもつけていない。というかなんの意味があったのか。圧倒的格下に恥ずかしい恰好をさせて喜んでいたのか。
そんな日を何日か続けて、借り物のビキニアーマーだけは返しておかないとと、外からレオがいない事を確認してから扉をくぐる。
カランカランと鳴り、ダリルの元に行く。
今日はどういうわけか、無表情のダリルの膝に桃色の毛のキツネ獣人が座っており、ダリルの持つ本は可愛らしい絵本になっていた。
「ダリル、これを返しに来た。」
そう言ってカウンターにビキニアーマーを置く。ちゃんと洗って乾かしてあるから臭いはしないだろう。
ダリルは一瞥しただけで、絵本のページをめくって少女に見せている。剣士と魔法使い、棍棒を持つ巨人が仲良く歩く絵だ。
「ダリル、これって魔道具かい?」
いつのまにか隣にいた青年がビキニアーマーを手にそう言う。この青年は人間…なのか?優しげな顔に纏う雰囲気は穏やかではあるが、異質。何がとはわからないが、今この時に不意打ちで襲えども返り討ちに合うと確信してしまうような異質さ。
「じゃあこの立派な体格の人もダリルのお客さんなんだね。」
「ああ、だがどうも諦めたようだがな。」
ページがめくられる。大きな怪物に慌てる剣士と棍棒で殴りかかる巨人が可愛く描かれている。
「次めくってー。」
なぜか少女は俺にねだってきた。仕方なくめくると、巨人は敗北し、涙を流していた。筋骨隆々の巨人が挫折して、それでも諦めず立ち向かうページだった。
満足そうにキツネ獣人の少女はダリルの膝の上で文字を追いかけている。
「あんたも何かに負けたのかもしれないけど、もう一度この魔道具をつけて挑戦してみてもいいんじゃないかい?」
訳知り顔の青年の言葉に俺は思い直す。
そもそもあのレオに完膚なきまでに負けたのに、このダリルも岩を軽く持ち上げてエルフ少女にも敵わないけど、そんなのは全て…己の弱さを知らされるというのは、むしろまだまだ強くなれると言う事っ!!
「持ち直したか、では猪を狩ってこい。」
いつの間にいたのか、レオの言葉はそれだけだ。
男に多くの言葉はいらない。店を出て、置き忘れたビキニアーマーを取りに戻りまた店を出て走り続けた。
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