かつて願いを叶えるのに失敗した最強の男は、今日も他人の願いを叶える〜辺境の街の鍛治職人〜

ノベルバユーザー589618

第13話 ダリルとロズウェル


 座ったまま天を仰ぐダリル。
 やがて何かに観念したかのような面持ちでわたしを見て、そしてエルフ店員を見る。
「まあ、そうなるのは分かってはいたが…」
「たまには仕事らしい仕事もいいじゃないか。おかわりいるかい?」
 仕事ってわたしの事だろうけど、わたしにはそのやり取りがなんなのか分からない。とりあえずこちらも空のカップを両手でアピールする。カモミールティーって言うらしい、市場で探してみよう。そう思ってるとエルフ店員は小さな袋に入った茶葉をくれた。わたしニッコニコである。

「まずだか、弓は使えるのか?」
「前には飛ぶようになりました(キリッ)」
 突然された質問に真剣な顔を作り答える。この2ヶ月での成果である。
「そりゃ幼子でも矢をつがえて引けば前には飛ぶだろうよ。」
 2ヶ月が砕け散った。
「ダリルはもう少し言葉を選んだほうがいいよ。この子いま心のホウキで拾い集めてるよ」
 何を拾い集めてるのかなんて聞かない。
 苦笑いで無神経肉だるまをたしなめてくれる店員が優しすぎる。
「俺にロズウェルのような心遣いは無理だ。」
 ふーんっ。この人ロズウェルって言うんだ。というか諦めないでわたしに優しくして。

「まあ、そんな感じでやっと前には飛ぶようになったんだけど、まだウサギも仕留められてないんですよぉ。」
 やっと前にと言うのが理解出来ないと言いたげではあるが、獲物の狩れない狩人と言うのが悩み事としては十分だと言うことだけは伝わったみたいで
「とりあえず隣で腕を見せてもらえるか?」
 そう言い立ち上がるダリルに首肯し、お菓子とお茶を口いっぱいに頬張り立ち上がる。
「…カエルフ」
 さっきの出来事と膨らんだ頬を見てそう呟かれた。

「…そこはリスみたいだねっとか可愛い小動物に例えるのがいいと思うんですよ!」
 すぐに言いたかった事だけど、口の中がいっぱいで言えず移動したところでやっと言えた。これは無愛想なダリルが可愛くなればとの助言なのだ。決して願望などではない。
「とりあえずこれであそこの的に当ててみろ。」
 そう言ってダリルは何かの木で出来た短弓を手渡してきた。
 ここは店を出て隣にある練習場。主に店の武器をお客さんが試してみる場所だってロズウェルに教えてもらった。
 そしてダリルが示した先には10mほどのところに立てられた鉄製の盾がありその表面は傷だらけで所々欠けていたりすることから的にするために置かれているものと分かる。
「よぉーっし。美少女エルフ、フィナちゃんの華麗な腕前を見せてあげようじゃないですかっ!」
 そう高らかに宣言してわたしはぐっと力強く構えて見せた。
 放たれた矢は、確かに前方には飛びはしたものの2mほどで右に大きく逸れて地面に突き立った。
 そのそばで剣を素振りしていた髭が魅力的なダンディーおじさまが目を剥いて驚いている。
「ごごご、ごめんなさいいいっ!」
 わたしはちゃんとごめんなさいが出来る子なのだ。
「まあ、怪我もさせてないし、気にしなくていいよ。ダリルのいるところで無体を働く人なんていないしね。」
 ロズウェルさんマジいいひと。

 そのあとひたすらに20本ほど打たされて、その数だけごめんなさいして、手と腕と背中と脚が痛い。ていうか全身。
「体力がないのもそうだが、ロズウェル。これは…」
「ひどいですね。これほどとは…。」
 ロズウェルさんも苦笑い。わたしだけでもとりあえず笑顔でいよう。いや?ロズウェルさんも一応笑っていることになるのかな?

「けどほら、もしかしたら弓が悪い可能性も!!その弓は売り物じゃなさそうだし、それにちょっと古そうで小さいし、ね!?」
 我ながら物のせいというのはどうかと思わなくもないけど、渡された弓は実際古い。わたしの孤児院時代のお小遣いで買った弓よりも心許ない。
「ロズウェル。」
 言われて、ロズウェルさんが同じ弓で的を射る。
 美しいエルフの美しいシルエットは見惚れるほどで、ごく軽く放たれた矢は綺麗な軌道で的に当たり、カーンと音を立ててそこに落ちる。文句なくVTR判定などの余地なく命中である。
「お見事。」
「わかってるもぉん!ホントはわたしが下手くそなんだって、いつもあんな感じで真っ直ぐ飛んでくれなくて。最初の頃なんて前向いてるのに後ろに跳ねていたんだからっ!これでもマシになったんだよおおおおお」
 傍目にもわかる違いを目の当たりにして、つまらない言い訳したことが恥ずかしくって、つい声が大きくなる。

 お茶はすでに7杯目のおかわりで、小さなイチゴショートケーキはその痕跡だけを皿の上に残しているのみとなっている。というかケーキは食べないダリルのを貰って美味しく頂いたので、わたしの目の前にはお皿が2つある。わたしとてもニッコニコである。
「いつから弓を持ったんだ?」
 食べ終わるのを見計らって話しかけてきたのは、わたしに見惚れていたからかな?なんかロズウェルがちょっと笑った。
 そういえば別に仕事でなくとも成人してなくとも弓を使うだけなら子供の頃から使っていたりもするのかな?
「仕事始めてからですよ?それまでは孤児院でお料理や洗濯とか掃除とか…小さい子の面倒とかみてましたからっ!」
 この街で生きていくのに子供が狩りに出るという習慣はなく、またその必要もない。原始生活でもなく食肉は依頼を受けた冒険者が調達したり、昔の人が作ったと言う牧場が街の仕事の一つとしてあり多くはないけど家畜化された牛や豚が飼育されている。

「ここの孤児院育ちか…それなら分からなくもないか。」
 この街の孤児院の子どもたちは集団生活の中でたくさん遊び、それぞれ何かしらの仕事のお手伝いをしたり自分のことも自分で出来る。そうして育つ子どもは何なら他の普通の家庭の子どもよりも自立してあり、孤児なのに評価としては高い傾向にある。
 それなのに、ダリルは何が分からなくもないんだろう??
「まあ、一応方針は決まった。弓を使えるようにしてやる。」

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