出世街道か、失踪か

篠原皐月

(7)不確定要素への対処法

『全社員に通達。本館9階男性用トイレ、右端個室は終日使用不可とする。この警告を無視して立ち入った者がいかなる不測の事態に陥っても、我が社は一切関知しない』

 従来、定期的にそんな通達が出ていた某総合商社は、ある時を境に状況が変化した。

「先輩。今年度に入ってから、例のトイレに関する通達は出ましたっけ?」
「確かに、年度が替わってからもう半年以上経過したが、出ていないよな」
 偶々そこを通りかかった専務は、部下達の会話を耳にして思わず足を止めた。

「おや? 今後あの通達は出ないが、君達は知らなかったのか?」
「初耳ですが、どうしてです?」
「あそこはもう異世界に繋がらないんですか?」
 当事者の他に、周囲も期待と不安をないまぜにした表情で聞き耳を立てる。すると専務は、予想外の事を告げた。

「前社長の萩原さんはあそこの危険日が察知できたが、年度切り替えに合わせて就任した現社長の北林さんは、そちらの能力が皆無だから通達の出しようがない。というか、その察知能力が無くなったからそろそろ潮時だろうって、萩原さんが社長交代を指示したからな」
 そう言って専務が肩を竦めると、周囲が一斉にざわめく。

「それじゃあもしかしたら、知らないうちに異世界と繋がる可能性も!?」
「危険すぎます! 社でなんとか対応してくださいよ!?」
「一応、取締役会議でも議題には出たんだがな。社長の『問題の個室をずっと使用禁止にすれば良いだけです。警告文を表示して、それを無視して入った者がどうなっても自己責任ですね』という一言で終わった」
 その説明で皆一様に、何とも言えない表情になる。

「まあ、確かに……。それは、そうですが……」
「北林社長、前社長以上に冷徹っぽい」
「もうあそこは、絶対に使わないぞ」
 社長交代により不確定要素が増したことで、その後、そのトイレに足を踏み入れる人間は皆無となった。

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