出世街道か、失踪か

篠原皐月

(1)新入社員の運試し

『全社員に通達。本館9階男性用トイレ、右端個室は終日使用不可とする。この警告を無視して立ち入った者がいかなる不測の事態に陥っても、我が社は一切関知しない』

「なんだこれ?」
「そこは不定期にパワースポットと化し、入った者は未知のパワーを得て出世するが、戻らず消息不明になった者が何人もいるらしい」
 一斉送信メールについて隣席の先輩が解説したが、今年入社の圭吾は呆れ顔になる。

「先輩……」
「黙れ。先輩に言われた通り、俺も警告した」
 真顔で念押しする先輩に、怖い物知らずの圭吾は心の中で舌を出し、昼食後に問題の場所に向かった。

「同期は意気地なし揃いだし、試せるのは俺くらいだろ。ほら、別に異常は、え?」
 内側に開いたドアを塞いでいる清掃中の札を避け、圭吾は中に入ったが、いきなりドアが閉まった。と思った次の瞬間、勢い良くドアが外側から押し開かれる。

「うわぁぁ! 神の扉が現れた!」
「救世主様! さあ、こちらに!」
「いきなり何するんだ、放せ!!」
「うわっ!」
「勇者様!? どうしたのです!?」
「どうもこうもあるか!! 前が駄目なら、横だ!! こんちくしょう――っ!!」
 狭い個室に興奮した者達が乱入し、圭吾は腕を掴まれた。半ばパニック状態の圭吾は反射的に腕を掴んだ男の腹を蹴りつけて解放させ、便座の蓋、洗浄リモコンスイッチ、タンクと次々に足をかけ、個室を遮る壁を勢い良く乗り越える。

「え? 外に誰もいない?」
 狼狽気味に降りた圭吾は、予想に反して無人のトイレ内に呆然となったが、すぐに廊下を駆け出した。

「先輩! ガムテープ借ります!」
「構わないが、何に」
「トイレは使用禁止です!!」
 血相を変えて職場に駆け込んだ圭吾は一見意味不明な事を叫び、トイレを封鎖しに再び廊下に飛び出す。

「……入ったか」
 誰とも知れぬその呟きは、静まり返った室内に響き渡った。


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