【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第11章 ラスボス登場?7

「お父様がそんなに簡単に、倒れるわけないじゃない……!」

「……それでも向かっていくんですよ、私の可愛い鹿乃子さんは」

肩に手が触れ、見上げる。
目のあった漸が、眼鏡の奥で目尻を下げて微笑んだ。

「ただいま、とは言ったんですが、お話が弾んでいて聞こえなかったみたいで」

見せつけるかのように漸の唇が、ちゅっ、と軽く重なる。

「志芳さん。
鹿乃子さんは私を守るためなら、どんなに強大な敵でも立ち向かってくれるんです。
そんな人だから、私は好きになりました」

「わかるわよ、それくらい!
だからこそ……!」

ううん、と静かに漸が首を横に振る。

「私たちふたりなら、どんな敵にも勝てます。
そう、信じていますから」

私を見つめる漸は、どこまでも慈愛に満ちていた。
それが嬉しくて、自然に微笑んでしまう。

「それに私には荒木田総理の方から婚約破棄していただく、理由がありますから」

「そんなの、あるの……?」

縋るように志芳さんが漸を見上げる。

「はい。
私、不能なんですよ」

「不能、って?」

不思議そうに彼女の首が傾く。
もしかして、まだ彼女って心身ともにピュアなのでは!?

「勃たな……」

「わーっ、わーっ!」

大声を出して、全力で漸の言葉を遮った。
これはまだ、聞かせてはいけない。

「なんですか、鹿乃子さん。
急に大きな声を出して」

「たたないって、なにが?」

また、彼女が首を傾げる。
くそっ、可愛いな!

「それはですね、……」

「わーっ、わーっ」

具体的な名称まで出てきそうになってまた止めた。
漸ってときどき、デリカシーないよね?

「本当にどうしたんですか、さっきから」

「いいから!
いいから!
……志芳さん。
ようするに漸とだと、子供が授かれない、ってことですよ」

うん、これなら大丈夫だろう。
漸はさっきから不服そうだけど、黙っておれ!
志芳さんのピュアは私が守る!

「子供が授かれない、って……。
えっ、鹿乃子お姉さま、大変じゃない!」

うおっ、なんかいきなり、お姉さまなんて呼ばれちゃったよ!

「大丈夫ですよ、可愛い鹿乃子さんとならできるので。
でもやっぱり、鹿乃子さん以外の女性にた……ぐふっ」

「うん、私とだったら大丈夫だから安心して?」

華麗に肘鉄が決まって漸は悶絶しているけど……いいから、黙ってて!

「なら、いいけど……。
でもそれで、お父様が納得してくれると思えない」

「あなたの父親にとって跡取りがなにより大事ですからね。
子供をひとりだけ、しかも女の子しか産めなかったあなたの母親をあしざまに言っているのは有名な話です。
そんな人ですから、子をなせない私なんてなんの価値もありません」

漸、それを志芳さんに聞かせる?
わかっていたんだろうけど、ショック受けているじゃない。
それに志芳さんだって、子供を、特に男児を産めなければ、同じ目に遭うってことだ。

「……漸」

袖を引いて、漸の目をレンズ越しにじっと見つめた。
この子をこのまま、東京に帰したくない。
私と出会う前の漸と、同じ地獄に置いておきたくない。
こんなの、ただのわがまま、偽善、安い同情、ただのお節介、そんなものだとわかっている。
それでも彼女が、ほんの少しでも救われるのなら。

「わかっていますよ」

私を安心させるように、とんとん、と軽く漸が肩を叩いた。

「金池様にお願いしてみます。
こういう言い方はあれですが、あの方のご実家は荒木田家よりもずっと上ですからね」

「いいのかな、金池さんにご迷惑をかけてばかりで」

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