【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第9章 私と貴方の独占欲5

「……ーい、おーい」

「はっ!?」

視界にひらひらと振られる手が入ってきて、現実に戻った。

「ゴリラを前にそんなにやけた顔をして、もしかして漸よりこういう顔の方が好みなのか?」

「えっ、ない、ないですから!」

意地悪くツッコまれ、慌てて顔を引き締める。
しかし、ゴリラ、か。
漸のお父さんを思いだしたけれど、実際のゴリラは精悍で、あの人とは似ても似つかなかった。
ゴリラさん、すみません。
ゴリラさんの方が何倍も男前です。

のんびりだったせいか、一週回り終わる頃には夕方になっていた。
パンダも二回、行ったしね。

「あー、漸から遅くなるので夕メシまで食わせて帰してくれってきてるけど、どうする?」

「あー、私にも同じ内容できてます」

携帯を確認し、ふたり同時にため息をつく。
あの人は友人とはいえ男と私をふたりにして、危機感とかいうものはないんだろうか。
実際、本気じゃなかったとはいえ、立本さんに口説かれそうになったんだぞ?

「莫迦だよな、あいつ。
俺が本気でお前に惚れたら、とか考えないのかね?」

「ですです。
そんなに危機感ないんだったら、浮気しちゃいますよ、ほんと」

とりあえず、駐車場へ向かって歩きだす。

「まー、そんだけ、漸はお前を信頼してるってことだろうけどな」

「それだけ漸は、立本さんを信用しているってことでしょうけど」

今度は同時に開いた口から出てきたのは同じ内容で、顔を見あわせて笑った。

「まあ、漸がいいって言うんだから、メシ食って帰るか」

「そうですね、せっかくなので美味しいところをお願いします」

駐車場に帰り着き、車に乗る。
立本さんは焼き肉屋に連れてきてくれた。
ただし、店は小洒落た感じだがカウンターしかなく、七輪で焼くスタイルだ。

「なんか意外です」

立本さんならフレンチとかイタリアンで、「君の瞳に」なんてくさいことをいいながらワインで乾杯しそうだ。

「あー、そうだな。
ここは気に入った人間しか連れてこない。
女はお前が初めてかも」

気さくに店員と話している感じからして、もしかしたら常連なのかもしれない。

「ビールでいいか」

「あの、車……」

は、いいのか?
それにそれで立本さんは飲まないのだとしたら、気が引ける。

「代行頼むから問題ない。
ビールと麦。
水割り。
あと、ホルモンとさがり」

手慣れた感じで立本さんは注文した。

「いまさらだが、内臓系は大丈夫か」

「はい、平気です」

そうやって確認してくれるあたり、俺様なのに好感度は高いぞ。
でもまあ、私には漸がいるからよろめいたりしないけど。

「漸の結婚に」

「……乾杯」

小さくグラスをあわせ、立本さんはぐいっと焼酎を飲んだ。

「まー、なんつーか、これで漸が幸せになれるんだとしたら、俺はもう、なにも心配することないけどな」

置かれたホルモンを立本さんが網の上にのせ、煙が上がる。

「なんですか、それ。
それに、私が絶対、幸せにしますから心配ご無用です」

「おー、おー、たいした自信だな」

立本さんは私に焼かせないが、焼き肉奉行体質なんだろうか。

「あいつさー、いつもにこにこ笑ってる癖に、全然幸せそうじゃなかったんだよなー」

肉の焼け具合をみながら、ぽつぽつと独り言のように立本さんが話す。

「そんなのが面白くて、あいつに近づいた。
俺の興味があいつの顔や金じゃないと知ってからは、少しずつ本音で話すようになってきて」

「……」

きっとその頃の漸にとって、立本さんは溺れて掴んだ藁だったんだろう。

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