【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第9章 私と貴方の独占欲4

「うわーっ、可愛い……!」

生で見るパンダは、思った以上に可愛い。

「笹食ってるだけじゃねーかよ……」

ぼそっと呟いた立本さんをじろっと睨む。

「可愛い生き物は笹を食べているだけでも可愛いんです!」

「へーへー、そうかよ。
なんで女って、こういう生き物が好きかねえ」

はぁーっ、なんてため息をついているが、いつも女性を連れてきているんだろうか。

「女性と来てもいつも、そんな態度なんですか?」

「はぁっ?」

少し離れたところから醒めた目で見ていた立本さんが、急に寄ってきて私の隣に立つ。

「あれがパンダか!
もふもふで可愛いな!
……まあ、お前の方が可愛いけどな」

私の顎に手をかけて視線をあわせさせ、立本さんは微笑んだけれど。

「……は?」

真顔で私は、彼の嘘くさい作り笑顔を見ていた。

「そこは、『え、そんな』って赤くなるところだろ、普通?」

ありえない、とでもいうのか、またはぁっっとため息をついて立本さんが離れる。

「えー、だって立本さん、絶対、本気じゃなかったですし。
そもそもそんなお芝居で女性が落ちると思ってるなら、間違ってますよ」

「は?
漸だって似たようなことやってるだろーが」

歩きだした私のあとを彼が追ってくる。

「少なくとも私にはしませんね。
いつだって本気です」

「ふーん」

なんか今度は急にニヤニヤ笑いだして、気持ち悪いな。

「面白いな、お前。
漸なんか……」

「ストーップ!」

TL小説でライバル男性がいう、定番台詞が出てきそうになって止める。

「絶対それ、本気じゃないですよね?
なら、やめた方がいいですよ、今後のためにも」

「バレたか」

ゲラゲラと次は、おかしそうに立本さんは笑っている。

「まー、でも、面白いのは本当だ。
いくら漸が惚れた相手でも、金と地位とあいつの顔にしか関心のない阿呆女なら、俺が弄んで捨ててやろうと思ってたが、安心した」

なんでもないように彼は言っているが、その目は少しも笑っていなくて背筋がぞっとした。
もし私が立本さんのお眼鏡にかなわなければ、ボロぞうきんのようになっていたかもしれない。

「それにもし、俺が本当にお前に本気になったとしても、絶対に身を引くわ。
俺は漸に、幸せになってほしいからな」

ふっ、と薄く笑った立本さんは淋しそうで、同時に嬉しそうだった。

「てかよ。
いまさらだがそんな格好で動物園なんてよかったのか?」

立本さんの視線が舐めるように、私のあたまのてっぺんからつま先まで往復する。

「……?
別にかまいませんが……?」

今日は下はブラウスにして、デニムの着物にしていた。
足下はスニーカーだから長時間歩きだって問題ない。
訪問着以外の普段着着物なんかは先に、宅配便で送ってあったし。

「そーいうとこ、漸とそっくりだな」

「そーいうとこ、とは?」

さっきまで立本さんは自分のペースで歩いていて追いかけるのが大変だったのに、いまは私のペースで歩いてくれている。
なんで、だろ?

「あいつ、大学の授業も着物で受けてたんだぞ?
卒業してもプライベートで会うときは高確率で着物だし」

「えーっと……」

さすがの私でも、大学は普通に洋服で通っていた。
プライベートでは普通の人よりも着物を着ていたが。

「しかも、あの髪だろ?
大学時代は影で、浪人なんて呼ばれていたぞ」

「浪人……」

ぱっ、と傘貼りをしている漸が思い浮かんだが、ないない。
慌てて取り消し、新たに想像して出てきたのは、剣の腕の立つ用心棒だった。
うん、こっちの方がしっくりくる。
しかも、刀をかまえる漸は断然、格好いい。
そうだ、今度、コスプレしている友人から模造刀を借りてきて、写真撮影をしよう。
あの庭なら、映えるかもしれない。

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