【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第8章 私は貴方のもので貴方は私のもの5

「また、ヤキモチですか」

軽く握った手を口もとに当て、くすくすとおかしそうに笑われて顔が熱くなる。
こんなことばかりしているから、子供扱いされるんだろうか。

「明希さんのご主人の暮石くれいしさんは、副業のクライアントで着物仲間なんですよ。
デニムの着物の着こなし方など、教えてくれたのは暮石さんです」

「……ご主人、ですか」

「はい。
私が明希さんと知り合ったときにはすでに、暮石さんと結婚していました。
だからどうこうとかありえません」

漸ははっきり言い切ったけど、本当にそうなんだろうか。
本当は気持ちはあったけど、そういう事情だから諦めただけとか?

……ううん、もうこの件はそれ以上、考えない。
だっていま、きっぱりと漸がないと言い切ったのだから、過去にもしそういう感情があったとしても、現在はないはずだ。

「ところで、漸。
これはどこへ向かっているんですか」

タクシーには乗ったが、彼が運転手へ告げたのはマンションの場所ではなかった。

「どこへ行くかもわからないのに、鹿乃子さんは乗ったんですか?」

くすくすとまた漸は笑っているが、だってそうでしょう!? 漸が乗れっていうから。

「ダメですよ、どこに連れていかれるのかわからないのに、簡単に乗ったりしたら。
もし、とんでもないところだったらどうするんですか」

ちょっとだけ漸の声が、心配そうになった。

「……わかってますよ、それくらい。
漸だから信頼して乗ったに決まってるじゃないですか。
他の人だったらちゃんと確認します」

「あ、怒った」

またもや子供扱いされて私がぷーっと頬を膨らませ、漸は楽しそうに笑っている。
小さな子供じゃないんだから、それくらい私だってわかっている。
なのにそれを、いちいち注意してくるなんて。
もしかしたら漸から見たら、私は完全に子供なんだろうか。
いままで、考えたこともなかったけど。
可愛いも、小さくて愛らしい、子供に向けるそれと一緒で。

「……漸って私を、子供だと思ってます?」

「いいえ。
立派なレディだと思っています」

さっきは笑っていた癖に、すました顔で言われたって信じられない。
さらにレディなんて胡散臭すぎる。

「どーせ私は、漸から見たら子供ですよ……」

なんで私は、漸よりも一回りも年下なんだろう。
もっと早く……って、それだと母は小学生で出産しないといけないから無理だ。
漸があと十二年、とはいわないから、六、七年、遅く生まれていてくれれば。

「だから、子供だなんて思っていませんよ。
対等な、ひとりの女性だと思っています。
だからこんなに、……愛おしい」

漸の手が私の頬にかかり、自分の方へ向かせる。
レンズの向こうで少し目尻の下がった目は蠱惑的で、喉がごくりと鳴った。

「本当に鹿乃子さんは、可愛いですね……」

漸の甘い重低音が、鼓膜を揺らす。
自然と、目を閉じ……。

「お客さん、着きました」

「……!」

運転手の声で反射的に目を開けた。

「あ、えと」

「……はい」

目を逸らした漸の顔も、少し赤かった。

タクシーはまた、銀座に戻ってきていた。

「えっと……。
漸?」

これなら先に、用事を済ませて明希さんのお店に行った方がよかったのでは?

「私の都合より鹿乃子さんのビジネスのほうが大事ですから」

さりげなく私の手を取り、漸が歩きだす。

「……ありがとうございます」

漸のそういうところは好きだけど、私としては少しくらいわがままを言ってほしいな。

「ここです」

ほとんど歩かずに漸が足を止めたのは、ティファニーの前だった。

……えっと。
婚約指環でも買おうというんだろうか。
気が早すぎ……ないか。
もう私は、漸と結婚すると伝えたようなもんだし。
いやいや、ちょっと待って。
漸は私のものだとか、漸は私の男だとか。
あまつさえお父さんには漸をください、なんて言ったが、具体的に漸へはなにも言ってないのでは?

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