【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第7章 自由になってできること7

「願掛け、ですか?」

とは、なんの?
首を傾げた私を、くすりと小さく漸が笑う。

「はい。
あの家から自由になる願を掛けていました。
父からは不評でしたよ、男がそんな女みたいに髪を伸ばしおって、とか言われましたね」

「酷い」

接客にあわない、ならまだわかる。
でも女みたいにって。
そんなの、個人の自由じゃない。

「願いは叶いましたから、切ってもいいかと。
コンサルのほうの仕事ではこの髪のせいで、胡散臭いとか言われたこともありますしね」

「それも酷い」

長髪がビジネスに向かないのはわかるけれども。
でも私が会社員時代にいた、いつも肩にふけが降り積もっていたおじさん社員より、漸のほうが断然、清潔で好感度は高い。

「私は好きですよ、漸のこの髪。
だって格好いいですもん」

「格好いい、ですか?」

目尻を下げてへらっ、と実に締まらない顔で漸が笑う。

「はい、格好いいです」

「可愛い鹿乃子さんがそう言うのなら、切るのはやめましょう」

にこにこ、にこにこ。
さっきからずっと、漸は笑っているけれど。
もしかして、酔っている?
あの、漸が?

「どーでもいいけどよ、そーゆーのはふたりっきりのときにやってくれ」

呆れ気味なため息と共に立本さんの声が聞こえてきて、慌てて漸から視線を外した。

「んじゃ、また」

「今日はありがとうございました」

軽く手を振って去っていく立本さんを見送り、私たちもタクシーを拾って帰る。

「ベッドとかなくても問題ないと思っていましたが、やはりあるといいですね」

マンションの部屋で漸は、半ばベッドへダイブした。
そんなふうにはしゃぐ彼は、珍しい。

「鹿乃子さん」

肘枕をし、空けた空間を漸がぽんぽんする。

「えっと……。
漸、もしかして、酔ってます?」

などと言いながらも、着替えもせずにベッドに上がり、その空間に収まった。

「私が?
酔う?
あれくらいで?」

ええ、私は飲んだ量が少ないのでその分はカウントしないとしても、ふたりで白ワインを二本分くらいなら漸が酔うなんて普段はない。
しかしながらうっとりと私の髪を撫でる漸のテンションは、あきらかにおかしかった。

「絶対に酔ってますって。
このまま寝るのはいいですが、先に着替えませんか?」

そうじゃないと漸はこのまま寝落ちしかねない。

「そうですね……。
おっと」

先にベッドを下りた漸がよろける。
うん、あれは絶対、酔っている。

化粧を落としてベッドへ行くと、すでに漸は寝息を立てていた。

「珍しい、私より先に寝るなんて」

いつもなら先にベッドへ行っても、私が来るまで絶対に漸は眠らない。
もっとも、先にベッドへ行くこと自体、稀だけど。

「もしかして、気が抜けちゃったのかな……?」

漸の隣に潜り込み、身を寄せる。
もしかして漸はお酒に強いんじゃなく、いつもどこか気を張っているから酔えなかっただけじゃ。
そんな考えが浮かんでくる。

「今度じいちゃんと飲み比べしたら、負けちゃうかもですね」

「んー」

漸の手が伸びてきて私を抱き寄せる。
無意識、なのかな。
でもそういうところ、可愛い。

「おやすみなさい、漸」

眠っているのを確認し、ちゅっと軽く、唇を重ねる。
そういえば自分からキスした相手は、漸が初めてだ。
早く金沢の私たちの家に、帰りたいな……。

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