【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第7章 自由になってできること6

「えと」

「一斗は私と反対で、女性と見れば見境がないんですよ。
よくいままで刺されなかったと思います」

あー、それはなんとなく納得できる。
さっきから目のあう女性へマメに、ウィンクなんて返しているから。

「おい、それは言いすぎじゃないか。
俺は複数と同時に付き合ったりはしない。
付き合っている間はその女ひとりだ」

俺は誠実だ、とばかりに立本さんは反論してくるが。

「でもサイクルが早すぎます。
先週付き合っていた女性と今週付き合っている女性が違うんですから」

はぁっ、と再び漸の口からため息が落ちた。

「その。
凄く基本的なことを訊いてもいいですか?
漸と立本さんはどういう関係なんですか?
あ、いえ、仕事のパートナーというのは聞きましたが」

それだけじゃない気がする。
漸の、気の許し方が。

「大学の同級生なんですよ、ひとつ年上ですが」

「大学の同期なんだ。
俺のほうがひとつ上だが」

ふたりが同時に口を開き、顔を見あわせる。

「この人、一浪しているんですよ、それで」

「俺は一浪したからな。
だから」

また同じタイミングでふたりが口を開く。
なんだかそれが、おかしくなってきた。

「鹿乃子さん、笑うことないじゃないですか」

「おい、笑うことねーじゃねーか」

またも口を開いたのは同時だった。

「だって、よっぽど仲がいいんだな、って思って」

今度は困惑気味にふたりが顔を見あわせる。
よかった、もしかしたら私に出会うまで、漸には誰も理解してくれる人がいなかったんじゃ、なんて思っていた。
けれどこんなに仲のいい人がいたなんて。
それだけで安心できた。

その後は漸ののろけ話をひたすら聞いていた。

「一度、鹿乃子さんがお寝坊して、駅まで送ってもらえなかったことがあったんですよ」

「……」

なんの話が出てくるのか、ヒヤヒヤしながら黙ってワインを飲む。

「そうしたら次、帰ったときに、拗ねられました。
ちゃんとお見送りしたいから起こしてください、って」

「うっ」

言ったよ、確かに!
だって東京へ行く漸にちゃんと、いってらっしゃいを言いたいんだもの!
それじゃなくても傷つきに行くんだから。
それをそんなに、嬉しげに人に話されても!
しかもそれを、立本さんがニヤニヤ笑いながら聞いているとなると、恥ずかしさは倍増だ。

しかし、そんなことなど気にせず、にこにこ笑いながらワインを飲む、漸のピッチは速い。
まあ、祖父と酒比べをしても負けない漸だから大丈夫か。

「しかもですね」

これで終わりじゃないのかー!
なんてツッコんでも悪くないよね?

「枕元に目覚まし時計が増えているんですよ。
寝室に時計はないから、いちいち携帯で確認するのが面倒くさいので、とか言って。
もう、可愛いですよね?」

うがーっ!
誰か、誰か、漸の口塞いでくれー!
もうこっちは恥ずかしすぎて爆発しそうなくらいなのに、さらに。

「うん、その話もう、五回くらい聞いた」

とか立本さんにさらっと流されてよ?
死ねるから。

「てか、漸。
話は変わるけど、その髪は切るのか?」

髪を切る、とは?
漸の背中に垂れる、長い髪へと視線が向く。
ひとつに結ばれた髪は背中の中程まであった。

「そう、ですね。
もう切っていいのかもしれません」

「え、切るんですか?」

漸に似合っていて好きなんだけどな、この髪。
あ、でも、これからは呉服の仕事じゃなくスーツでの一般ビジネスが主になるのなら、これは向かないのかな?

「願掛けで伸ばしていたんですよ、この髪。
見苦しくなるといけないのでときどき切っていたので、この長さですが。
でも、もう願いは叶ったので切ってもいいかな、と」

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