【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第7章 自由になってできること2

「しかし小さなわだかまりはそのうち、大きなものへと変わっていきます。
鹿乃子さんの行動は無意味ではありません。
だからやっておやりなさい」

迷いが全部、消えたわけじゃない。
けれど立場を笠に着て他人を搾取するお父さんには、やはり腹が立つ。

「じゃあ、……遠慮なく」

「はい。
……ほら、さっさと食べてしまいましょう。
私はもう少ししたら、出ますので」

「はい」

残りのトーストを口に入れ、コーヒーを飲む。
自分のやり方が正しいなんていわない。
でもあのお父さんには少し、思い知ってほしい。

朝食のあと、三橋さんは着替えたけれど。

「……今日はスーツなんですか?」

「はい。
店での接客予定はありませんし、副業の方で予定もありますから」

うっ、カフスボタンを留める仕草だけで、ごはんが三杯はいけそう……!
なのにさらにネクタイを締めベスト着て、ジャケットを羽織るんだよ……!? 
当たり前だけど。

「……鹿乃子さん?」

「はぁはぁ。
ごちそうさまです……!」

――シャラララララ……。

室内に、連写音が響く。
角度を変え、何度も何度も写真を撮る私に、漸は困惑気味だ。

「えっと。
それって楽しいですか?」

「はい、もちろん!」

即答した。
当たり前だ、こんな逸材、そうそういない。
コスプレで盛って格好いい人間はいるが、素でこれだなんて。

「まあ、鹿乃子さんが楽しいのならいいですけど」

苦笑いすら絵になる。
漸があまりにも格好よすぎて、鼻血をたらたら垂らしていないか心配だ。

「気が済みましたか?」

「あー、まだまだ撮りたいんですが、もうメモリが……」

一昨日、撮った写真がメモリを圧迫していた。
なんで私は、クラウドに送ってメモリを空けておかなかったんだ!? と叱責したい。

「んー」

少し考えたあと、ソファーに座った漸が手招きする。
隣をぽんぽんと叩かれ、そこへ腰を下ろした。

「……鹿乃子」

軽く握った漸の手が私の顎にかかり、上を向かせる。

「そんなに俺は格好いいか?」

スーツにあわせた銀縁眼鏡の奥から、漸が私を見下ろす。
僅かに愉悦を含んだ、艶やかな黒曜石のような瞳に見つめられ、心臓がドキドキと高鳴った。

「あ、えっと。
……はい」

目を逸らしたいのに、絡まった視線は解けない。

……漸ってこんなに、格好よかったっけ?

いや、格好いいんだけど。
いつもより三割……ううん、五割増しくらい、いい男に見える。

「惚れ直したか?」

少しだけ目尻を下げて目が細められる。
さっきから心臓は爆発しそうなくらい速く鼓動しているし、身体中が熱い。

「……は、い」

「じゃあ、……漸を愛してる、って言ってみろ」

吐息をかけるように耳もとで、甘い重低音で囁いて漸が離れる。

「え……」

「言えと言っている」

私を見つめる瞳は拒否を許さない。
その瞳に操られ、震える唇を開いた。

「……漸を、愛して、……る」

「……いい子だ」

漸の顔が近づいてくる。
目も閉じられないうちに唇が、触れて離れた。

「……」

無言で、漸の顔を見上げる。
ふっ、と漸が僅かに、唇を緩めた。
それが恐ろしく色っぽくて、胸が苦しい。

「……なーんて、ドキドキしましたか?」

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品