【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~
第7章 自由になってできること1
「……はぁっ」
朝食を食べながら漸が、陰気なため息をつく。
「どうしたんですか?」
起きて携帯を見てから、ずっとこの調子。
心配事は昨日でなくなったはずなのに。
「父から、有坂染色を潰してやるから覚悟しておけ、とメールが」
はぁっ、とまた、漸の口からため息が落ちる。
「自分の思い通りにならないからって、あの人は本当に度しがたい」
サクッ、と漸がトーストに噛みつき、いい音がした。
「えっと……」
「あの人がいくら嫌がらせしようと有坂染色が潰れない方法は考えてあるので大丈夫なのですが、それでも少なからずお父様とおじい様にご迷惑をかけてしまうのだと思うと……」
はぁっ、と再び漸がため息をつく。
「特に、おじい様からなにを言われるのか想像するだけで胃が痛いです」
真っ青になって漸はガタガタ震えだした。
昨日はあんなに怒鳴り散らしている父親へ毅然とした態度を取っていたのに、私の祖父はよっぽど怖いらしい。
「あの。
お父さんに思い知らせてやりたいと思うのですが、いいですか?」
「なんでそんなことを訊くのですか?」
意味がわからない、というふうに眼鏡の奥で漸が、二、三度、瞬きをした。
「え、だって三橋呉服店の危機になるかもしれませんし」
「かまいませんよ、そんなこと。
あんな店、なくなっても問題ありません。
思う存分、おやりなさい」
最後のひとくちを食べ、コーヒーを飲み干して漸は立ち上がった。
すぐに新しいコーヒーを淹れてきて、私の前へ置いてくれる。
「……本当に、かまいませんか?」
「はい。
金池様他、私のまっとうなお客様には別の呉服店を紹介しようと思っていました。
なので、問題は別に」
漸は全く平気そうだけれど。
お客様はそれでいい。
けれど、ご家族の今後もかかっているわけで。
「……お父さん、とか、弟さん、とか」
「鹿乃子さんは昨日、あんなに嫌な思いをしたのに、彼らの心配をするのですか」
また漸がパチパチと瞬きをする。
「それは、一応。
漸の家族なので」
だって、どんなに最低な人間でも漸の家族だ。
しかも自分の手で不幸に陥れようとしているのだから、気になるに決まっている。
「可愛いですね、鹿乃子さんは!
でも私はあの人たちとは縁を切りましたから、もう家族ではありません。
今日は時間を見つけて、戸籍も抜いてきますし。
だから思う存分、思い知らせておやりなさい」
「うっ」
まさか、ここまで勧められるだなんて思ってもいなかった。
いや、本当は私は……。
「もしかして私に、止めてほしいと思っていましたか?」
戸惑っていたら、漸がお見通しだといわんばかりにふふっと笑った。
「……はい」
「そういう、優しくて甘い鹿乃子さんは好きですよ」
いい子、いい子、と漸の手が私のあたまを撫でる。
「ちなみになにをしようと思っていましたか?」
「三橋呉服店の店主はたかが染屋ごときと、職人を大事にしない人なのだと広めてやろうと思いました」
昨日は確かにその気だった。
しかし一晩たてばあたまも冷える。
そんなことをして本当に、三橋呉服店を閉店に追い詰めたら?
そのあと、ご家族が路頭に迷ってしまったら?
考えるだけで、怖い。
「広めて、おやりなさい」
私を見つめる、三橋さんの目には迷いがなかった。
「でも!」
「それくらい、あの人たちにとっては蛙の面に小便ですよ。
それにいくら職人が腹を立てたところで、売ってもらわないといけません。
……わかり、ますよね?」
偉い教授が学生に教えるように、丁寧に漸が言い含める。
「……はい」
わかる、けれど納得したくない話だ。
朝食を食べながら漸が、陰気なため息をつく。
「どうしたんですか?」
起きて携帯を見てから、ずっとこの調子。
心配事は昨日でなくなったはずなのに。
「父から、有坂染色を潰してやるから覚悟しておけ、とメールが」
はぁっ、とまた、漸の口からため息が落ちる。
「自分の思い通りにならないからって、あの人は本当に度しがたい」
サクッ、と漸がトーストに噛みつき、いい音がした。
「えっと……」
「あの人がいくら嫌がらせしようと有坂染色が潰れない方法は考えてあるので大丈夫なのですが、それでも少なからずお父様とおじい様にご迷惑をかけてしまうのだと思うと……」
はぁっ、と再び漸がため息をつく。
「特に、おじい様からなにを言われるのか想像するだけで胃が痛いです」
真っ青になって漸はガタガタ震えだした。
昨日はあんなに怒鳴り散らしている父親へ毅然とした態度を取っていたのに、私の祖父はよっぽど怖いらしい。
「あの。
お父さんに思い知らせてやりたいと思うのですが、いいですか?」
「なんでそんなことを訊くのですか?」
意味がわからない、というふうに眼鏡の奥で漸が、二、三度、瞬きをした。
「え、だって三橋呉服店の危機になるかもしれませんし」
「かまいませんよ、そんなこと。
あんな店、なくなっても問題ありません。
思う存分、おやりなさい」
最後のひとくちを食べ、コーヒーを飲み干して漸は立ち上がった。
すぐに新しいコーヒーを淹れてきて、私の前へ置いてくれる。
「……本当に、かまいませんか?」
「はい。
金池様他、私のまっとうなお客様には別の呉服店を紹介しようと思っていました。
なので、問題は別に」
漸は全く平気そうだけれど。
お客様はそれでいい。
けれど、ご家族の今後もかかっているわけで。
「……お父さん、とか、弟さん、とか」
「鹿乃子さんは昨日、あんなに嫌な思いをしたのに、彼らの心配をするのですか」
また漸がパチパチと瞬きをする。
「それは、一応。
漸の家族なので」
だって、どんなに最低な人間でも漸の家族だ。
しかも自分の手で不幸に陥れようとしているのだから、気になるに決まっている。
「可愛いですね、鹿乃子さんは!
でも私はあの人たちとは縁を切りましたから、もう家族ではありません。
今日は時間を見つけて、戸籍も抜いてきますし。
だから思う存分、思い知らせておやりなさい」
「うっ」
まさか、ここまで勧められるだなんて思ってもいなかった。
いや、本当は私は……。
「もしかして私に、止めてほしいと思っていましたか?」
戸惑っていたら、漸がお見通しだといわんばかりにふふっと笑った。
「……はい」
「そういう、優しくて甘い鹿乃子さんは好きですよ」
いい子、いい子、と漸の手が私のあたまを撫でる。
「ちなみになにをしようと思っていましたか?」
「三橋呉服店の店主はたかが染屋ごときと、職人を大事にしない人なのだと広めてやろうと思いました」
昨日は確かにその気だった。
しかし一晩たてばあたまも冷える。
そんなことをして本当に、三橋呉服店を閉店に追い詰めたら?
そのあと、ご家族が路頭に迷ってしまったら?
考えるだけで、怖い。
「広めて、おやりなさい」
私を見つめる、三橋さんの目には迷いがなかった。
「でも!」
「それくらい、あの人たちにとっては蛙の面に小便ですよ。
それにいくら職人が腹を立てたところで、売ってもらわないといけません。
……わかり、ますよね?」
偉い教授が学生に教えるように、丁寧に漸が言い含める。
「……はい」
わかる、けれど納得したくない話だ。
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