【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~
第6章 漸は私の男です4
「ようこそ、三橋呉服店へ」
エレベーターを降りた向こうには別世界が広がっていた。
三と大きな字が染め抜かれた、紺ののれんの掛かるそこはまるで、江戸時代からタイムスリップでもしてきたかのようだ。
「どうぞ」
「あ、はい……」
圧巻されていたところへ三橋さんから声をかけられ、こわごわ中へ入る。
店内は畳敷きになっていた。
一部、棚に置いてあるもの以外はなにもなくて、がらんとしている。
「あの……」
これで、店なんだろうか。
私が知っている呉服店とも、問屋とも違う。
「うちはお得意様以外はご紹介がないと店にも入れない、完全予約制です。
商品はお客様のニーズにあうものをその都度、お出しします」
「へー」
三橋さんが案内してくれた店の奥には、絵羽や反物が丁寧に積んであった。
「若旦那、お疲れ様でございます」
「はい、お疲れ様です」
作業をしていた三人の男女が三橋さんに気づき、あたまを下げた。
「通販もしていますからね、小物の類いは発送もします。
とはいえ先ほども言ったような店です。
いまどき、ホームページすらありません。
お得意様からの注文だけです」
「え、そんなので大丈夫なんですか……?」
反対に心配になってくる。
この、斜陽産業の呉服業界で、そんな保守的な経営なんて。
「うちは、銀座の一見様お断りの高級クラブだと思っていただければ間違いないですから。
そしてホステス……というかホスト、ですね。
ホストは私と弟です」
おかしくもないのにくすくすと三橋さんが笑う。
「その、弟さんも……?」
こういう仕事は嫌がっているんだろうか。
「弟には天職ですよ、この仕事は。
下のものを見下し、上のものには媚びへつらうのが大好きな人間ですから。
一昨年、結婚しましたが、お相手はどこぞの政治家の孫でしたね。
確か……相楽、とか言ったか」
興味なさげに三橋さんは流したけれど。
相楽って先々代の総理大臣のとき、官房長官だった方ですよね!
いまだってもちろん、参議院議員だし、次の総理大臣は……なんて噂もされている。
それを、「……相楽、とか言ったか」で済ませる、三橋さんが怖すぎる!
だってあれ、絶対、知っていてわざとだよ!?
怖い怖い、怖いよー!
「お疲れ様です」
「若旦那!
お疲れ様でございます」
事務所らしきところへ入った途端、全員が立ち上がった。
「今日の予定は金池様だけでしたよね?」
「はい、そうです」
他の人は挨拶が終わり座ったけれど、いまだに立ったまま対応している人には見覚えがある。
私がお茶をかけた、宅間さんだ。
彼の視線はちらちらと、私へ向かっていた。
「では、準備をします。
……ああ。
鹿乃子さんは私の妻です。
粗相のないように」
「若旦那!
志芳お嬢様とご結納なさったというのにまだ、そんなことを仰るのですか!?」
三橋さんの言葉で、宅間さんの不満が爆発する。
三橋さんが私に求婚したとき、しかるべきお嬢さんと、と彼は反対した。
あのときは私も彼に同意だった。
それが当たり前だって。
でも、それは間違っていたっていまならわかる。
「……黙りなさい」
すっ、と一気に周りの温度が下がった……気がした。
それほどまでに、三橋さんの声は冷たかった。
「私が生涯、妻と呼ぶのは鹿乃子さんただひとりです。
たとえ、鹿乃子さん以外の方と結婚しようとも」
眼鏡の奥で目が細められ、少しでも動けば切れてしまいそうな鋭い日本刀を思い起こさせる。
「……はい」
消え入りそうな声で宅間さんは返事をした。
納得してなくてもそうせざるをえなかったのだろう。
それほどの気迫を、三橋さんは発していた。
「わかっていただけたのならいいです。
……さて、鹿乃子さん。
準備から接客まで、見学されますか?」
エレベーターを降りた向こうには別世界が広がっていた。
三と大きな字が染め抜かれた、紺ののれんの掛かるそこはまるで、江戸時代からタイムスリップでもしてきたかのようだ。
「どうぞ」
「あ、はい……」
圧巻されていたところへ三橋さんから声をかけられ、こわごわ中へ入る。
店内は畳敷きになっていた。
一部、棚に置いてあるもの以外はなにもなくて、がらんとしている。
「あの……」
これで、店なんだろうか。
私が知っている呉服店とも、問屋とも違う。
「うちはお得意様以外はご紹介がないと店にも入れない、完全予約制です。
商品はお客様のニーズにあうものをその都度、お出しします」
「へー」
三橋さんが案内してくれた店の奥には、絵羽や反物が丁寧に積んであった。
「若旦那、お疲れ様でございます」
「はい、お疲れ様です」
作業をしていた三人の男女が三橋さんに気づき、あたまを下げた。
「通販もしていますからね、小物の類いは発送もします。
とはいえ先ほども言ったような店です。
いまどき、ホームページすらありません。
お得意様からの注文だけです」
「え、そんなので大丈夫なんですか……?」
反対に心配になってくる。
この、斜陽産業の呉服業界で、そんな保守的な経営なんて。
「うちは、銀座の一見様お断りの高級クラブだと思っていただければ間違いないですから。
そしてホステス……というかホスト、ですね。
ホストは私と弟です」
おかしくもないのにくすくすと三橋さんが笑う。
「その、弟さんも……?」
こういう仕事は嫌がっているんだろうか。
「弟には天職ですよ、この仕事は。
下のものを見下し、上のものには媚びへつらうのが大好きな人間ですから。
一昨年、結婚しましたが、お相手はどこぞの政治家の孫でしたね。
確か……相楽、とか言ったか」
興味なさげに三橋さんは流したけれど。
相楽って先々代の総理大臣のとき、官房長官だった方ですよね!
いまだってもちろん、参議院議員だし、次の総理大臣は……なんて噂もされている。
それを、「……相楽、とか言ったか」で済ませる、三橋さんが怖すぎる!
だってあれ、絶対、知っていてわざとだよ!?
怖い怖い、怖いよー!
「お疲れ様です」
「若旦那!
お疲れ様でございます」
事務所らしきところへ入った途端、全員が立ち上がった。
「今日の予定は金池様だけでしたよね?」
「はい、そうです」
他の人は挨拶が終わり座ったけれど、いまだに立ったまま対応している人には見覚えがある。
私がお茶をかけた、宅間さんだ。
彼の視線はちらちらと、私へ向かっていた。
「では、準備をします。
……ああ。
鹿乃子さんは私の妻です。
粗相のないように」
「若旦那!
志芳お嬢様とご結納なさったというのにまだ、そんなことを仰るのですか!?」
三橋さんの言葉で、宅間さんの不満が爆発する。
三橋さんが私に求婚したとき、しかるべきお嬢さんと、と彼は反対した。
あのときは私も彼に同意だった。
それが当たり前だって。
でも、それは間違っていたっていまならわかる。
「……黙りなさい」
すっ、と一気に周りの温度が下がった……気がした。
それほどまでに、三橋さんの声は冷たかった。
「私が生涯、妻と呼ぶのは鹿乃子さんただひとりです。
たとえ、鹿乃子さん以外の方と結婚しようとも」
眼鏡の奥で目が細められ、少しでも動けば切れてしまいそうな鋭い日本刀を思い起こさせる。
「……はい」
消え入りそうな声で宅間さんは返事をした。
納得してなくてもそうせざるをえなかったのだろう。
それほどの気迫を、三橋さんは発していた。
「わかっていただけたのならいいです。
……さて、鹿乃子さん。
準備から接客まで、見学されますか?」
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