【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第5章 決戦は月曜日7

「でも板間に直接布団って、身体が痛くなりませんか?」

昨晩は寒くはなかったが、寝心地は最悪だった。
もう何年もソファー専用で使われてきたソファーベッドだから当たり前だ。

「そうですね……。
可愛い鹿乃子さんがこちらにいる間だけの問題ですし、とはいえ可愛い鹿乃子さんにはぐっすり寝てほしいですからね……」

ちょっと!
いま、さらっと、さらっと、聞き捨てならないことを言いました!?

「三橋さん」

「はい」

真剣に布団を選んでいる彼は、私の怒りに気づいていない。

「私がいる間だけじゃなく、いないときもちゃんとした布団で寝てください!
あんな寝方、疲れが全然取れませんよ!
わかりましたか!?」

「あ、えっと……。
はい」

眼鏡の下でパチパチと何度か瞬きし、とりあえずの返事をした三橋さんはきっと、私が怒っている意味がわかっていない。

「カーテンも買いましょう。
もっと、人間らしい生活をしないとダメですよ!」

「その……。
……ぷっ」

彼が突然、吹きだすので、ついその顔を見た。

「三橋さん?」

「あはは、……すみません……あは、あははは、……鹿乃子さんがこんなに、……あはは、怒るとは思わなくて」

お腹を押さえて三橋さんは笑っているが、……そんなに?

「ちゃんと人間らしい生活をしろだなんて、初めて叱られました。
そうですね、確かにあれはダメです」

眼鏡の下から人差し指を入れ、その背で笑いすぎて出た涙を彼は拭った。

「……でも」

真顔になった彼が、ふっ、と遠い目をする。

「いままでの私は、それでよかったのです。
自分のことすら、どうでもよかったのですから」

なんだか三橋さんが遠くに行ってしまいそうで、思わずその袖を掴んでいた。

「これからは可愛い鹿乃子さんの次に、自分を大事にします。
可愛い鹿乃子さんとはできるだけ長く、一緒にいたいですからね」

ふふっ、と笑った三橋さんはいつもの彼に戻っていて、ほっとした。

どうせならベッドも買おうと、そこでは寝具を決めずに家具店へ移動する。

「そこそこ、のベッドでいいんですが。
どうせひとりで寝るのは、ぐっすり眠れませんから」

金沢の家のベッドを買うときは、最高品質のベッドを!
なんてあーでもない、こーでもないと散々迷って選んだのに、今度は随分適当だ。

「サイズは、どうしましょうかね……。
可愛い鹿乃子さんもいないのに、広いベッドは持て余してしまいますし。
でも狭いベッドだと、可愛い鹿乃子さんに窮屈な思いをさせてしまいます……」

はぁーっ、と悩ましげに三橋さんの口からため息が落ちていく。

「えーっと。
セミダブルか、ダブルとかくらいでいいんじゃないですか……?」

あの、キングサイズのベッドは確かに、ひとりだと持て余していた。
けれど実家のシングルベッドは、三橋さんには窮屈そうで。
手足を伸ばしてゆっくり眠ってもらいたいし、少し大きめがいいんじゃないかな。

「そうですね、それくらいならいいかもしれません」

最終、中ランクのセミダブルベッドに落ち着いた。
布団も、そこそこのランクの羽布団に決める。
ベッドの配送は最短でお願いしたが、それでも明後日になった。

「すみません、早く気づけばよかったんですが……」

タクシーの中で三橋さんは落ち込んでいるが、仕方ないよね。
だって、私がこちらに来ると決めてから一週間しかなかったわけだし、しかも三橋さんは仕事で忙しかったんだし。

「かまいませんよ、別に。
今日の掛け布団と敷きマットは調達できましたから」

ベッドが来るまで可愛い鹿乃子さんが可哀想だからと、三橋さんは敷きマットを買ってくれた。
ベッドを置いてしまったら必要ないのに。

「本当にすみません……」

三橋さんは落ち込んだまま、浮上してきそうにない。
困ったな。

「んー、じゃあ、夜は最高に美味しいところへ連れていってください。
それで、帳消しです」

「……そんなんでいいんですか」

「はい、かまいません」

精一杯、明るくはしゃいでみせる。

「わかりました、期待していてくださいね」

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