【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第5章 決戦は月曜日5

「でも、おあずけです。
私は東京で鹿乃子さんを抱きたくない。
抱くのは私たちの家で、です」

最後に耳朶に口付けを落とし、三橋さんが離れる。
私の顔を覆うように両手で挟み、親指の先が目尻を撫でた。

「可愛い鹿乃子さんを抱ける日が来るのを、願っています」

私の額に口付けし、ふふっと小さく笑った三橋さんは淋しそうで、胸がツキンと痛んだ。

「明日は休みですから東京を案内しますよ。
今日はもう……」

「三橋さん」

気を取り直して笑う彼の袖を引く。

「……なんですか?」

すっ、と笑顔を消して不安そうな顔に彼はなったが、これは大問題なのだ。

「どこで、寝るんですか?
ここ、ベッドどころかお布団もないのに」

「あー……」

長く発しながら彼が天井を仰ぐ。

「すっかり、忘れていました……」

はははっ、なんて情けなく笑う彼は可愛いが、これは問題ですよ?

「というか、いつもどうやって寝てるんですか」

「このソファーで」

「お布団は?」

「空調が効いているので寒くありませんので。
それでも寒い日は、コートをかぶって寝ますね」

「はぁ……」

さも当たり前、というふうな顔を三橋さんはしているが、……ヤバい、この人は生活破綻者だ。

「ちなみにお風呂は……」

「シャワーは浴びますよ。
接客業ですから身だしなみは肝心です」

ええっ、と……。
家だとたまに、寝ているんじゃないかと不安になるほど長風呂の三橋さんが、シャワーだけ?
入浴剤に拘って何種類も揃え、今日はなんにしようって楽しそうに選んでいる三橋さんがシャワーだけ?
ありえない。

「……食事はどうしているんですか」

せめて、外食で済ませているとか、出前に頼っているとか言って!
と願ったものの。

「カロリーバーとかゼリー飲料とかですかね……。
カロリーさえ取れれば問題ありませんから。
あ、最近は、特に朝は可愛い鹿乃子さんと一緒に食べますからね、トーストくらいは用意するようになりました」

「……」

三橋さんはドヤ顔だけど。
ダメだ、この人は。
ひとりで放置していてはいけない部類の人間だ。

「……三橋さん」

ぽん、と彼の肩を両手で叩く。

「はい?」

なんですか? と少しだけ彼の首が傾いた。

「次からこちらへ来るときは作り置き惣菜を作りますので、荷物にはなるかと思いますが持っていってください。
それで、少しでもまともなごはんを食べて」

面倒くさいとか言ったら、括りつけてでも持っていかせる!
くらいの気持ちを込めて軽く睨んでいるのに、みるみる三橋さんの顔が輝いていく。

「こちらでも毎日、可愛い鹿乃子さんのごはんが食べられるんですか?」

「そう、なりますね」

「こんなに幸せなことがあっていいんでしょうか!」

「えっ、うわっ」

ぎゅうぎゅうと三橋さんが抱きついてくる。

「ありがとうございます、鹿乃子さん」

「えっ、いや、別に。
三橋さんが心配、ってだけで」

なんかズレている気がしないでもないが、凄く喜んでいるからいいことにする。

今日は遅いし、布団は明日、買いに行くことにした。

「先にシャワーを浴びてください」

「そう、します」

着替えを持ってトイレ兼浴室へ行ってはたと気づく。

……着替えはどこでしたらいいんだ?

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