【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第5章 決戦は月曜日4

そう、自分に言い聞かせてキッチンへメニューを取りに行く。

「あ、金沢じゃないお店も大丈夫なんだ」

わざと明るく振る舞い、宅配を頼む。
けれど美味しそうだと取ったパスタは、なんだか味気なかった。

「すみません、遅くなりました」

十一時を回って三橋さんが帰ってきた。

「おかえり……なさい」

しかし私を抱き締める彼からは、私の知らないにおいがした。

「仕事がすっかり長引いてしまって……いえ、嘘はよくないですね」

私を離して少しだけ笑ったその顔は、つらそうだ。
三橋さんに導かれて、一緒にソファーへ座る。
彼は少しだけ迷って、私の手を握った。

「今日のお客様はどこぞの政治家のお嬢さんでした」

どこぞの、と言う三橋さんの声には険がある。

「これだけで賢い鹿乃子さんは、だいたいのことがおわかりなると思いますが」

……とは?
と少し考えて、気づく。
周りが見合いを勧めてくるのだと言っていた。
わざわざ三橋さんを指名で、政治家のお嬢さんの接客をさせるというは。

「お見合い、ということですか」

「はい、そうです。
なので商談だけでかなりの時間がかかります。
そのあとは当然のように、食事に誘われました」

「……はい」

事実上は見合いだといえ、一応は仕事だとわかっている。
だから、三橋さんが断れないのも。
なのに、心の中がモヤッとするのはなんでだろう。

「今日の方はそこまででしたが、――そのあと、も誘われることもあります」

「……そのあと」

それって……そういう、こと?
顔を上げた私へ、三橋さんが頷く。

「そういうことです。
いつもお断りしますけどね。
私は不能だから無理です、と」

「不能……え、三橋さんってたた……」

レンズ越しに彼と目があった。
途端に顔が、ぼっ!と火を噴く。
ちょっとこれはさすがに、恥ずかしすぎる。
しかも、そんな私を見て彼がおかしそうにくすくす笑っているとなると。

「口実ですよ、口実。
実際は……どう、なんでしょうね?
女性のそういう姿を見ても興奮しないですし、かといって男性に興味がある、というわけでもありません」

「……はぁ」

自分のことなのに、三橋さんはまるで他人事のように話している。

「そういえばお客様からその話が耳に入った両親に治療に行けと病院へ行かされましたが、そこではダメでしたね」

それっていろいろ大変なんじゃないかな、とか思うんだけど、彼は全く気にしている様子がない。

「店に立つようになってから、何度もそうやって誘われました。
とても……とても嫌でした。
自分をそういうふうにしか見ない、女性たちが。
それで女性に対して嫌悪感を抱いてしまったのかもしれません」

どこを見ているのだかわからない、三橋さんの手にきゅっ、と力が入る。
三橋さんは格好いいから、どうこうなりたい気持ちはわからなくもない。
でも、その気もない人に自分の立場を笠に着て行為を迫るのは最低だ。
そしてそれに晒されてきた彼は、どんなに苦痛だったのだろう。

「大丈夫ですよ、私はどうしても子供が欲しいわけではないので」

「……鹿乃子さん?」

「きっとふたりだけでも幸せな家庭を築けます。
だから、気にしなくて大丈夫ですから」

ぎゅっと彼の手を握り返し、眼鏡の向こうの瞳を見つめる。
少し大きく見開いた目でしばらく私を見たあと、ふっ、と彼は唇を緩ませた。

「……ありがとうございます」

ゆっくりと彼の腕が、私を抱き締める。

「それに可愛い鹿乃子さんとなら大丈夫だと思うんです。
私は可愛い鹿乃子さんと奥深くまで繋がって、可愛い鹿乃子さんを私の下で存分に乱れさせ、可愛い鹿乃子さんを私でいっぱいに満たしたい、と思っているので」

「えっ、あん」

まるで犯すように、耳の中へと熱をこもった声が侵入してくる。
まるで、声だけで孕まされてしまいそうな、淫靡な声が。

「鹿乃子さん、もしかして感じています?」

はぁっ、とわざとらしく、息を耳へと吐きかけられる。

「可愛い鹿乃子さんの可愛い声を聞いて、私も少し興奮しています」

「んんっ」

耳を甘噛みされ、押し殺しても声が漏れた。

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