【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第5章 決戦は月曜日2

帰ってから普段どおり三橋さんはにこにこ笑っているように見えるが、なんだかそれが演技にみえてならない。

「月曜の朝の新幹線に乗るんですよね?」

今日は金曜で、土日は仕事もせずにゆっくりして月曜早朝に東京へ行く予定になっていた。

「すみません、鹿乃子さん」

飲んでいたコーヒーカップを、三橋さんがテーブルの上に置く。

「明日の午後、大事なお客様の予定が入ってしまいまして。
朝のうちに東京へ行きます」

彼はとても申し訳なさそうだけれど。

「え?
なら、無理に帰ってこなくてよかったのに」

そんな、ほぼ寝るだけのために二時間半もかけて金沢まで来る必要なんてない。

「どうしても可愛い鹿乃子さんの顔が見たかったんです。
気にしないでください」

私を抱き寄せ、ちゅっ、と額に口付けを落とす。
つい、その首に自分から腕を回し、抱きついていた。

「なにか、あったんですか」

「そうですね。
……少々、疲れてしまいました」

ふっ、と僅かに笑った三橋さんは、泣きだしそうだった。

「両親に拘束されて、もう一週間も鹿乃子さんに触れられませんでしたから」

まるで存在を確かめるかのように、ぎゅっと彼の腕に力が入る。

「呼んでくれたらよかったのに。
そうしたらすぐに、行ったのに」

ずっと、心配だった。
毎朝、モニター越しにあわせる顔が、少しずつ暗くなっていっているのが。

「……そう、ですね。
でも今度は、可愛い鹿乃子さんも一緒なので、大丈夫です」

「……」

なにがあったんだろう。
いつも東京から帰ってくるたびに傷ついた顔をしているが、今日は特に酷い。

「私が三橋さんを守ってあげますから」

「それは心強いですね」

ふふっ、と小さく、おかしそうに笑われ、ぼっ!と頬が熱くなった。
一回りも年上の男性に、私ごときが守ってあげるなんて何様だ。

「明日は朝が早いです。
今日はもう、休みましょう」

「そうですね」

交代で入浴を済ませ、ベッドに入った。

「私の可愛い鹿乃子さん、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

私の額に三橋さんが口付けし、灯りが消される。
けれど今日は、いつもならすぐに聞こえてくる寝息がいつまでたっても聞こえない。

「……鹿乃子さん」

ぼそっと、あたまの上に三橋さんの声が降ってくる。

「東京へ行くの、やめませんか」

私の背中で、ぎゅっと彼の手に力が入った。

「東京での私を知れば、貴方はきっと私を嫌いになる。
私はそれが、――怖い」

僅かな間接照明が床を照らすだけの薄暗い室内、なにも言えずにただ、彼の胸に額をつけてその声を聞いていた。

「私は鹿乃子さんも、有坂のご家族も好きです。
居心地がよくて、何度、本当の家族だったらよかったのにと願ったことか。
それを、失いたくない」

僅かに震える、彼の声。
そんなにも彼は、怖がっている。

「東京の私を、知られたくない。
鹿乃子さんに、有坂のご家族に、金沢の私だけを見ていてほしい。
それは、勝手な願いですか」

「……三橋、さん」

そっとその顔に触れると、彼の身体がびくりと大きく震えた。

「私は、傷ついて帰ってくる、三橋さんを見ているのがつらいんです。
だから、その理由を知りたい。
理由を知って、もう傷つかないようにしてあげたい。
だから、東京へ連れていってください」

「鹿乃子さん……」

彼の顔はぼんやりとしか見えない。
でも、顔に触れる指先が濡れていた。

「それに絶対、嫌いになるなんてないって約束します。
……好きになれるかはわかりませんが」

「それで十分です」

苦しいほど私を抱き締めた彼は、縋るようだった。

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