【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第5章 決戦は月曜日1

三橋さんに着いて東京に行く、と決めたものの、いくら個人事業主でも仕事を放り出してその日のうちに……なんてのは無理なわけで。
次回、三橋さんが東京へ戻るときに一緒に行くようになった。

「かーさーん。
じいちゃんが作ってくれた訪問着、どこだっけー?」

実家の和箪笥をごそごそと漁る。
成人のお祝いに、コーラルピンクの地に四季の花を描いた訪問着を祖父が作ってくれた。
若いときはもちろん、こういう色は年取っても顔に映えていいんだ、なんて照れながら渡してくれたそれをいま、着るときだ。

「鹿乃子、なに探してるんだ?」

通りかかった祖父が、部屋の中を覗く。

「じーちゃんが作ってくれた訪問着」

「なんだ、結婚式にでも出席するのか」

その反応は正しい。
訪問着を着ていくところなんて最近は、それくらいしかない。

「違うよー。
三橋さんのご両親とたぶん会うことになるからー」

和箪笥の中はカオスだった。
だいたい、祖父も父もなにかと記念日やなんかに着物を作ってはプレゼントしてくる。
成人式はもちろん、祖父の作った振り袖だったし、大学の卒業式は父の作ってくれた小振り袖だった。

……ん?
ちょっと待って。
なら、結婚するとなったらまた、作るんだろうか。

「なんで漸の親に会うのに、訪問着がいるんだ?」

――漸。

あんなに三橋さんを威嚇していた祖父だが、最近では彼を〝漸〟と呼ぶ。
きっと、なんだかんだいいながら気に入っているんだと思う。
父も、母も、祖母だって三橋さんを名前で呼ぶから、彼をいまだに三橋さんと呼んでいるのは私だけだ。

私が広げた着物を、祖父は一枚一枚、確認しはじめた。
もしかしたらそういう事情なので懐かしんでいるのかもしれない。

「ほら、結婚相手の親に会うんだから、それなりの格好をしないといけないし。
あ、でもまだ、私は三橋さんと結婚する気はないんだけど」

口では否定しながらも、この頃はこのまま三橋さんとの生活も悪くない、なんて思っている自分がいる。
もしかしたらこの東京行きが、決定打になるのかもしれない。

「別にあれじゃなくてもいいだろうが。
これも悪くないぞ」

祖父が開けたたとう紙の中には水色の着物が入っていた。
父が母へ、結婚十周年の記念に贈ったそれは確かに悪くないが、でも私はあれがいいのだ。

「んー、相手が、三橋さんの両親でしょ?
三橋さんの親の悪口は言いたくないけど、なんか印象悪いし……。
でもじいちゃんが作ってくれた着物着ていったら、じいちゃんが守ってくれるみたいで心強いから」

ここは父が……とかいうところなんだろうけれど、祖父の方が安心感がある。
うちは祖父がこの通り、爺バカで異常なほど私に愛情を注いだおかげで、父は醒めてしまった。
とはいえ、全く愛情がないわけじゃなく、ちゃんとそれなりに大事にされてきたので、不満はない。

「鹿乃子!」

「えっ、は?
じいちゃん!?」

いきなり、祖父から手を握られた。
しかも涙で目を潤ませて、うん、うん、なんて頷いている。

「俺が、俺が絶対、鹿乃子を守ってやるからな!」

「あー、うん。
ありがとう……」

気持ちは嬉しいが、若干、引いた。

その後の捜索の結果、無事に着物は見つかった。
帯や小物もあるものの中からあいそうなのを選ぶ。

「じゃあ、帰るねー。
今日は三橋さん、帰ってくるから」

「おう。
漸によろしく」

祖父に見送られ、車を駅へ向ける。
今日も改札の前で三橋さんを待った。

「鹿乃子さん!」

いつものように三橋さんが、私に抱きついてくる。

「おかえりなさい」

「はい、ただいま。
ただいま。
……ただいま」

三橋さんの声が、少しずつ鼻づまりになっていく。

「三橋さん?」

「いけませんね、ひさしぶりに可愛い鹿乃子さんに会えたから嬉しくて」

なんて彼は笑っていたが、気になった。

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