【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第4章 これは同情で愛情ではない2

「少しだけ、ミシンしようかなー」

ちなみに、これは趣味ではなく仕事だ。
うちの主力商品には嘘つき襦袢と裾よけパンツがあって、特に裾よけパンツは人気でサイトにアップした端から売れていく。

「よーし」

少しばかり気合いを入れ、三橋さんが自宅の作業用に与えてくれた部屋にこもった。

『可愛い鹿乃子さんはいますかー?』

不意に三橋さんの声が聞こえてきて、びくりと手が止まる。

「はい、いますよ」

こきこきと凝り固まった肩をほぐしながら、目の前に置いてあるスピーカーに表示されている時間を確認した。
昼前に作業をはじめたはずだが、すでに三時を過ぎている。

『思いのほか早く用事が終わったので、いまから新幹線に乗れそうです。
お土産、なにが欲しいですか』

急ぐ必要なんかないのに、半ば走るように駅に向かっている三橋さんが容易に想像できた。

「フルーツサンド!
というか、あそこの食パンが美味しいので、食パンが欲しいです」

『わかりました。
新幹線に乗ったら、正確な着く時間をお知らせしますね』

「気をつけて帰ってきてくださいね」

話を終え、キリのいいところまでやって今日の作業は終えた。
最大早くて着くのは二時間半後だから、あと二時間は余裕がある。
買いものをして晩ごはんの準備までできそうだ。

「なんにしよーかなー」

今日はひとりの予定だったから、簡単にパスタにしようと思っていたんだよね。
それにスープ仕込んで、ナス買ってきて冷凍庫にあるはずの豚バラとチーズ蒸しにしたらいいかな?
明日の朝ごはんの材料も買いたいし、さっさと買いもの行ってしまおう!

スーパーで買いものを済ませて帰り、手早く下ごしらえをして家を出る。

「……」

今日も駅で、改札の向こうを睨む。

『いつも停める駐車場はわかっているし、車で待っていていいんですよ?』

とは言われたが、いつのまにか楽しみになっていた。

「鹿乃子さん!」

遠くから私を見つけた三橋さんの顔が、ぱっと輝く。

「ただいま!」

できる限り急いで来た彼が、私に抱きつく。

……と、いうか、正確には抱き上げる。
当然、周りの目を集めるが、最近はさほど気にならなくなった。

「おかえりなさい」

「はい、ただいま」

にこにこと本当に嬉しそうに笑いながら、ようやく彼は私を降ろした。
この顔が早く見たいがばかりに、改札の前でいつも待っている。

「こんなに早く帰れるなんて思ってもなくて。
ああ、今日は可愛い鹿乃子さんとゆっくり過ごせるというだけで天にも昇りそうです」

「大袈裟ですよ」

喜ぶ三橋さんと並んで車へと戻る。
今日は店から直みたいで、足下は雪駄だから帰りも私の運転だ。

「可愛い鹿乃子さんの大好きな苺のサンドイッチ、買ってきましたからね。
あと、ご所望の食パンも」

「ありがとうございます。
もうゆで玉子は作ってあるんで、明日は玉子サンドにしましょう」

「可愛い鹿乃子さんの玉子サンド、楽しみだなー」

ずっと三橋さんはにこにこ笑いっぱなしで、私の車ではよくかかっているJ-POPにあわせて鼻歌まで出ている。

「ただいま、私の可愛い鹿乃子さん」

車から降り、家に入った途端、また三橋さんに抱き締められた。
ゆっくりと顔が近づいてきて、私の額に口付けを落として離れる。

「やっぱり我が家が一番です」

ふふっ、と幸せそうに三橋さんが笑う。
彼はここを、我が家だという。
私にしてみれば、年末まで数ヶ月の仮住まいに過ぎないここを。

「すぐにごはんの用意するんで、ちょっと待っててくださいね」

「ゆっくりでかまいませんよー」

三橋さんは寝室へ消えていき、私はキッチンへと向かう。
豚バラとナスのチーズ蒸しはあと、レンチンすればいいようになっているのでさっさと入れる。
お湯はもう電子ケトルで沸かしてあるので、鍋に移してパスタを茹でているあいだに、隣のフライパンで手早くソースを作った。
今日はツナとほうれん草のクリームパスタだ。
スープは家を出る前にホットクックに仕込んであるので、もうできている。
そんなの必要ない、と断ったけれど、あると滅茶苦茶便利だった。
あまりに便利で実家にも欲しい、と言ったら、速攻で三橋さんが買ってくれた。
いまでは母も、便利に使っている。

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