【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第3章 祖父VS三橋さん2

「今日はお土産を買ってきたんです」

ガサゴソと三橋さんが紙袋たちを引き寄せる。

「『藤懸屋ふじかけや』さんの水ようかんです。
お口にあうといいんですが」

ぴくり、と祖父の眉が反応する。
水ようかんは祖父の好物だ。

「あとはいま話題のチーズケーキに、シュークリーム、おはぎと……」

次から次にテーブルの上に並べられていくそれらを、私も、両親も、祖父も、唖然として見ていた。

「あのー、三橋さん?」

「はい?」

どうかしましたか?
とでもいうふうに彼の首が僅かに傾く。

「ありがたいんですが、さすがにこの量は、ちょっと」

「……」

自分でも買いすぎだったと気づいたのか、みるみる三橋さんの顔……どころか身体まで赤くなっていく。
とうとう、両手で眼鏡の上から顔を覆って隠してしまった。

「すみません、あれもこれも可愛い鹿乃子さんに食べさせたいと思ったら、つい」

「いえ。
そういう気持ちはわからなくはないので」

すっかり背中を丸め、汚した眼鏡を三橋さんは拭いている。
一回りも年上なのに、そういうところが可愛い……とか言ったら、怒られるだろうか。

「まあな。
うちの鹿乃子は可愛いから、なんでも食わせたくなるのはしょうがない」

なぜか祖父まで少し赤い顔で、ぽりぽりと頬を掻いている。
ああ、うん、じいちゃんも同じだもんね。
出掛けたら鹿乃子に土産だー! って山ほど買ってくるところ。

「……持って帰ります。
本当にすみません」

しょぼんとせっかく出したそれらを袋へまた三橋さんが戻そうとする。

「あ、持って帰らなくても大丈夫ですよ」

「でも、ご迷惑では……」

上目遣いで彼がうかがってくる。

「あー、こういうのはまあ、慣れているので」

さっきも言ったように、祖父がよく大量にお土産を買ってくるのだ。
対処の仕方は慣れている。
それにおしゃべり好きのおばあちゃんに付き合わされている、山田さんに差し入れしても喜ばれるし。

「それに持って帰ってどうするんですか」

「ひとりで食べます」

さも当たり前、というふうに三橋さんは言っているが、この量をひとりで?
家族に分けたりとかしないんだろうか。

「あの、いまさらですが、三橋さんのご家族は?」

朝食を食べたばかりなのに早速食べる気なのか、母は台所でコーヒーを淹れはじめた。
父は手慣れたもので、それぞれの賞味期限を確かめつつ、私たちの話に聞き耳を立ている。
祖父はといえば新聞を広げ、興味のないフリをしていた。

「祖父母と両親、それに弟がいます。
弟はすでに結婚して家を出ています。
私も実家には住まず、マンションでひとり暮らしですね」

「そうなんですか」

家族の話をするとき、三橋さんは酷く他人事だ。

「私は滅多に実家へ帰りません。
鹿乃子さんも私の家族とは必要最低限の付き合いでかまいませんよ。
いや、それすらしないでいいならさせたくないくらいです」

「……そりゃ、どーいうことだ?」

祖父が新聞をたたみ、じろりと三橋さんを睨みつける。

「言葉どおりの意味です。
私は極力、鹿乃子さんを私の家族と関わらせたくありません」

けれど祖父の方へと身体を向けた三橋さんの声は、淡々としていた。

「そりゃ、家族に問題あり、ってことか」

「……そう、ですね」

ぽつりと呟かれた声は酷く淋しそうで、胸が痛んだ。

「そんな、苦労させるのがわかっているような家へ、可愛い鹿乃子を嫁がせられるかー!
……あいたっ!」

椅子から足を踏み出し、三橋さんの着物の衿を掴んだ祖父だが……その拍子に腰がぐきりといった。
私の耳にもはっきりと聞こえるほどに。

「あいだだだ、俺は鹿乃子を、いだ、いだだだ、幸せにできねぇ、いだだだ」

腰を押さえて呻きながらも、祖父の手は三橋さんから離れない。
恐ろしい執念だ。

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