【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~
第2章 可愛い鹿乃子さん1
私の朝は早い。
家に入れるほど稼ぎはないのでせめて、朝食を作る。
「おはよう」
「おはよー、もう朝ごはんできるよー」
一番に起きてきた祖父と一緒に朝食を食べる。
うちはみんな起きる時間がバラバラなので、それぞれの時間に取っていた。
「やっぱり味噌汁の具は麩だよな」
入っている麩を箸で摘まみ、祖父がにやりと笑う。
特産なのもあるが、祖父はとにかくお麩が好きだ。
このあいだの旅行、朝の味噌汁の具が豆腐だったと不満げだった。
「あれから三橋のボンから、なんか連絡はあるのか」
「あー、うん。
ちょいちょい」
なんとなく、言葉を濁して誤魔化す。
祖父とのこの話題は、非常にデリケートなのだ。
あの翌日、帰ってきた祖父は私が若旦那から求婚されたのを知った途端、――吠えた。
『俺の目のくれぇうちは、鹿乃子をそんじょそこらの馬の骨なんかに渡すかー!』
そのままガチで東京まで乗り込みかねなかったが、勢いよく立ち上がったせいで腰がぐきっといった。
おかげでまだ馬の骨とやらには会っていない。
ちなみに吠えた祖父へ「目のくれぇうちって一昨年、白内障の手術したじゃないか」とか父が聞こえないように言うもんだから、私には別の意味でも地獄だった……。
「じゃあ、先行くねー」
「おう」
祖父の分もあわせて片付けをし、先に隣の工房へ行く。
間借りしている身なので毎朝、掃除と整理整頓をしていた。
祖父はいまから新聞タイムだ。
「いつも悪いな」
「別にー」
準備が終わり、そろそろはじめようとしていたら、父と祖父が来た。
各々に作業をはじめる。
いつもと変わらない一日、――の、はずだった。
「鹿乃子さん!」
「えっ、は?」
いきなり、工房へ飛び込んできた男から抱きつかれる。
幸い、新しい柄を構想中で鉛筆を握っていたところだったから、惨事は免れた。
「えーっと」
「……おい、おめぇ」
低い祖父の声が地を這ってきて、抱きつかれたまま振り返る。
ゆらりと立ち上がった祖父の口からはふしゅー、ふしゅーなんて煙が上がっていそうだ。
「うちの鹿乃子に抱きつくなんざぁ、いい度胸してるな、あ゛あ゛っ?」
小柄な祖父がかなり上にある男の着物の衿を掴み、絞めにかかる。
ヤバい、祖父は柔道の有段者で、若い頃は自分の倍くらいある男を投げ飛ばしていたほどなのだ。
「じいちゃん!
ストップ、ストップ!
死んじゃう、死んじゃうからー!」
「……ちっ」
慌てて止めたら舌打ちをしつつ、祖父は手を離した。
「大丈夫ですか!?」
「けほっ、けほっ、なんだが一瞬、お花畑の向こうで手を振る曾祖母が見えたような……」
「……本当に大丈夫ですか?」
かなりアブナイ状況だった気がするのだが、男――三橋さんはヘラヘラと笑っていて、本当に心配になってくる。
「じいちゃん、やりすぎ。
三橋さんにあやまって」
「みつはしーぃ?」
語尾と共に祖父の右の眉が跳ね上がる。
「てめぇが鹿乃子を嫁にもらいてぇっていう、三橋のボンか!」
また祖父から詰め寄られ、三橋さんは手を上げて降参のポーズを取った。
「はい、鹿乃子さんと結婚する、三橋漸です」
「まだ結婚なんざぁ認めてねぇ!」
祖父の怒号が窓ガラスをビリビリと震わせる。
けれどそれでもまだ、三橋さんはヘラヘラと笑っていた。
「だいたいてめぇ、鹿乃子より年が随分上に見えるが、幾つだ?」
「三十六です。
あ、でも、早生まれなので鹿乃子さんより一回り上になります」
かなり上なのだろう、という予想はしていたが、一回りも上だなんて知らなかった。
てか、結婚前提の相手の年をいま知るなんて私、間抜けすぎない?
「一回りぃ?
そんなじじぃに大事な鹿乃子を渡せるか!」
家に入れるほど稼ぎはないのでせめて、朝食を作る。
「おはよう」
「おはよー、もう朝ごはんできるよー」
一番に起きてきた祖父と一緒に朝食を食べる。
うちはみんな起きる時間がバラバラなので、それぞれの時間に取っていた。
「やっぱり味噌汁の具は麩だよな」
入っている麩を箸で摘まみ、祖父がにやりと笑う。
特産なのもあるが、祖父はとにかくお麩が好きだ。
このあいだの旅行、朝の味噌汁の具が豆腐だったと不満げだった。
「あれから三橋のボンから、なんか連絡はあるのか」
「あー、うん。
ちょいちょい」
なんとなく、言葉を濁して誤魔化す。
祖父とのこの話題は、非常にデリケートなのだ。
あの翌日、帰ってきた祖父は私が若旦那から求婚されたのを知った途端、――吠えた。
『俺の目のくれぇうちは、鹿乃子をそんじょそこらの馬の骨なんかに渡すかー!』
そのままガチで東京まで乗り込みかねなかったが、勢いよく立ち上がったせいで腰がぐきっといった。
おかげでまだ馬の骨とやらには会っていない。
ちなみに吠えた祖父へ「目のくれぇうちって一昨年、白内障の手術したじゃないか」とか父が聞こえないように言うもんだから、私には別の意味でも地獄だった……。
「じゃあ、先行くねー」
「おう」
祖父の分もあわせて片付けをし、先に隣の工房へ行く。
間借りしている身なので毎朝、掃除と整理整頓をしていた。
祖父はいまから新聞タイムだ。
「いつも悪いな」
「別にー」
準備が終わり、そろそろはじめようとしていたら、父と祖父が来た。
各々に作業をはじめる。
いつもと変わらない一日、――の、はずだった。
「鹿乃子さん!」
「えっ、は?」
いきなり、工房へ飛び込んできた男から抱きつかれる。
幸い、新しい柄を構想中で鉛筆を握っていたところだったから、惨事は免れた。
「えーっと」
「……おい、おめぇ」
低い祖父の声が地を這ってきて、抱きつかれたまま振り返る。
ゆらりと立ち上がった祖父の口からはふしゅー、ふしゅーなんて煙が上がっていそうだ。
「うちの鹿乃子に抱きつくなんざぁ、いい度胸してるな、あ゛あ゛っ?」
小柄な祖父がかなり上にある男の着物の衿を掴み、絞めにかかる。
ヤバい、祖父は柔道の有段者で、若い頃は自分の倍くらいある男を投げ飛ばしていたほどなのだ。
「じいちゃん!
ストップ、ストップ!
死んじゃう、死んじゃうからー!」
「……ちっ」
慌てて止めたら舌打ちをしつつ、祖父は手を離した。
「大丈夫ですか!?」
「けほっ、けほっ、なんだが一瞬、お花畑の向こうで手を振る曾祖母が見えたような……」
「……本当に大丈夫ですか?」
かなりアブナイ状況だった気がするのだが、男――三橋さんはヘラヘラと笑っていて、本当に心配になってくる。
「じいちゃん、やりすぎ。
三橋さんにあやまって」
「みつはしーぃ?」
語尾と共に祖父の右の眉が跳ね上がる。
「てめぇが鹿乃子を嫁にもらいてぇっていう、三橋のボンか!」
また祖父から詰め寄られ、三橋さんは手を上げて降参のポーズを取った。
「はい、鹿乃子さんと結婚する、三橋漸です」
「まだ結婚なんざぁ認めてねぇ!」
祖父の怒号が窓ガラスをビリビリと震わせる。
けれどそれでもまだ、三橋さんはヘラヘラと笑っていた。
「だいたいてめぇ、鹿乃子より年が随分上に見えるが、幾つだ?」
「三十六です。
あ、でも、早生まれなので鹿乃子さんより一回り上になります」
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