狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
それぞれの覚悟⑤
この日。極心会の幹部会に出席していた尊は、本拠地である極心会の本部へと赴いていた。
会の途中、スーツの上着の内ポケットに入れてあったスマートフォンに、ヤスから美桜が倒れたとメールでの報せが入ったのは、十六時を少し回った頃だ。
美桜のことが気にはなっていたが、あいにく重要な会議だったことで、抜けることは叶わなかった。
会の内容より、美桜のことが心配だった尊は、会が終わると同時に、以前から懇意にしていた光石総合病院へと駆けつけようとしていたのを会長である櫂に足止めを喰らうこととなる。
「どうだ? 尊。久しぶりにこの後一杯」
「そうしたいのは山々なんですが。嫁の体調が悪いみたいなんで」
「やっぱり尊も、変われば変わるもんだなぁ。しっかり女房の尻に敷かれてんじゃねーか」
ーークソッ! こういうときに限って絡んでくる。
昔、マムシの鬼頭なんて呼ばれていただけあって、嗅覚が鋭いというかなんというか。面倒くさいから勘弁して欲しい。
「別にそういうわけじゃ。けど倒れたらしくて、気になるのでこれで」
「新婚で、嫁が倒れたってくりゃ、お前、そりゃ腹ぼてだろ」
「いや、違いますって。ちゃんと避妊もしてましたし」
「避妊ねー。そんなもん当てになんねーぞ」
「……はいはい。それじゃあ、これで失礼します」
初夜と新婚旅行での二度に至っては、安全日だったし、あれ以来避妊だって徹底している。まさか妊娠なんて。
それに美桜もまだ二十歳だ。いくら自分との子供を望んでたって言っても、母親になるのはまだ若すぎる。
どっちにしたって、今の自分には責任なんてとるような資格なんてない。
刺青の入った極道者の父親なんて、子供にとったらいい迷惑だ。
世間知らずな美桜も、現実を知ったら、子供が欲しいなんて言わなくなるに決まっている。
とにかく今は機が熟すのを待つより他にない。
気持ちばかりが逸るのをなんとか抑え、表で待機させてあった車へと乗り込んだ尊は美桜の待つ光石総合病院へと向かった。
樹里からの話では、貧血を起こしただけで特に他に問題もなく、明朝には退院できるらしいが、ここのところの疲れがあったのだろう。
尊が病院に到着したときには、美桜は既に眠りについた後だった。
点滴のお陰か、ここ数日顔色が優れなかったが、今は本来の血色を取り戻し、頬にはほんのりと赤みがさしている。
こうしてあどけない寝顔を眺めていると、まだ出逢ったばかりの子供の頃を想起させた。
いつか結婚して夫婦になるのが当たり前だと思っていたが、それがある日突然、両親を事故で亡くしたことで、運命が覆った。
以来、尊は極道の世界へと身を投じ、美桜とは住む世界が違ってしまった。
だがどうしても幸せだった頃のことを忘れられなかったのも事実だ。
尊のことを自分たちの都合で振り回した周囲の大人たちに、一矢報いる心持ちでこの道に進んだが、どうしても捨て去ることができなかったものがある。
それは美桜のことだ。
その頃は、妹に対するものだと思い込んでいたが、今はそうじゃなかったと断言できる。
そうでなければ、極道の世界に入る覚悟を決めるために刺青を彫る際、たくさん見せられたデザインのなかから、”昇竜と桜ちらし"なんて選ばなかっただろう。
己の命よりも大事なものができた今、大事なものを守り抜くためにはどうすればいいか。
その前に、済ませておかなければならないことがある。
「ああ、俺だ。例の件予定通りよろしく頼む。ああ、任せた」
極心会のなかでも、いわゆる汚れ仕事を担っている兵藤に電話での指示を済ませた尊は、その夜、美桜の傍から片時も離れることはなかった。
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