狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海

鳥籠のお嬢様④

 この家の駒として厳しく育てられてきた美桜は、幼稚舎から小中高までエスカレーター式の名門で知られる女子校に通っていた。それも車での送迎付きだ。

 友人もいたが、お稽古事が多く遊んでいるような暇なんてなかったし、外泊も許されていなかったので、次第と友人とも疎遠になっていった。

 もちろん恋愛経験なんて一切ない。

 それでも小説やドラマのような恋愛や出逢いに少なからず憧れを抱いていた。

 たとえお見合いが出逢いである政略結婚だったとしても、もしかしたら恋愛感情を抱くかもしれない、と。

 それが一瞬で崩れ去ったのだ。

 落胆を通り越して絶望し暗い顔をした美桜の心情など気にもとめない素振りの、薫の甘ったるい声音が再び耳に届いた。

「ほら、美桜さん。この方よ。とっても優しそうで、誠実そうな素敵な方でしょう?」

 その声に知らず俯けてしまっていた顔をゆっくりと上げてみる。

 綺麗に磨き上げられた座卓に開いて置かれた見合い写真には、かねてより見目麗しい家元として評判で、とても齢五十には見えない若々しさのある父とは真逆の、どうみても五十過ぎのギトギトと脂ぎった中年男性の姿が映っていた。

「ーーッ!?」

 目にした瞬間、余りのショックに目の前が暗転し、軽い目眩を覚えた美桜は言葉を失ってしまう。

 そんな美桜のことなど置き去りにして、喜色満面の薫は、相変わらず美桜とは目を合わせず気まずそうに引きつった笑みを貼り付けたままの弦に、見合いの日のために仕立てる振袖のことや日取りのことなどで相談を持ちかけはじめた。

「ねえ? あなた。善は急げと言いますし。いつもお世話になっている銀座の『くらや』(老舗呉服屋)さんで着物をお願いしておきますね」

「……あっ、ああ、任せるよ」

「えーと、それから、日取りのことなんですけれどーー」

 もう決まったこととはいえ、どうにも受け入れがたかった美桜は、これ以上聞くに堪えなくなってくる。

「後片付けが残っていますので、離れに戻りますね」

「……あっ、ああ、頼む」

「あら、美桜さん。まだいらっしゃったのね」

「……」

 ふたりに中座する旨を言い置くのが精一杯だった。薫の言葉に何かを返すような余裕もなく、静かにふらりと立ち上がった美桜はふらつく足取りで豪華絢爛な母屋の大広間を後にした。

 母屋から離れに向かう途中、運の悪いことに、庭に面した、長い廊下の角を曲がったところで、兄の愼と鉢合わせしてしまう。

「おっと、危ない。何だよ美桜、浮かない顔して」
「……」

 心ここにあらずでボンヤリしていた美桜は危うく愼にぶつかりそうになったが、愼の声が聞こえたことで正面衝突は免れた。

 愼は一七九センチという美桜よりも二十センチあまり高い身長を活かして、未だ茫然自失に陥っている美桜のことを哀れみの色を滲ませた眼差しで見下ろしてくる。

「無理もないか。あんな中年のオッサンと見合いなんてなぁ」
「……」

 おそらく見合いのことは薫から事前に聞かされていたのだろう。

 愼はショックを隠せないでいる美桜に向けて、心底楽しそうな、表情同様の笑み交じりの声を放った。


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