馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?

石動なつめ

7-32 アナスタシアの『仕事』


「――――おれ、の、かぞく」

 テレンスが双子に向かって手を伸ばす。
 結晶化した腕からパラパラと破片が落ちる。
 
「兄様、ダメだ!」
「そんな事をしたら兄様の身体が!」

 ニコラとエルマーが叫ぶ。しかしテレンスは動きを止めようとしない。
 一歩、また一歩、まともに動かない足で必死に、囚われたニコラとエルマーへ向かって進む。
 よろめきながらも真っ直ぐに双子のところへ。
 家族のところへ。

 気付けばアナスタシアは自分の胸に手を当てていた。
 辿り着かせたい。
 ただそう思った。

 星辰は使えない。ならば今出来る事は何だ。
 アナスタシアは周囲を見回す。
 あるのは魔呼びの泥ダンテ・シュラムとその霧、そしてそこから少しずつ生み出される魔性だ。

(元を辿ればこれは魔力……魔性も似たようなもの……)

 そこまで考えて、頭の中にガブリエラとのやり取りが浮かんできた。

『ああ。まぁ、無理でも他にやりようはあるけれど……』
『と言いますと?』
『テレンス君の魔力とこちらの魔力を無理矢理混ぜて代用する。直接魔力をぶつけるか、身体に取り入れて変換するかの二種類があるね! 後者の方がしんどいけどわりとスムーズだ』

 アナスタシアは目を見開く。

「無理矢理混ぜて、代用する……」

 そして自分の掌を見つめる。
 その手段で魔力の代用が出来るなら、もしかしたら。
 アナスタシアは『星辰』を地面に置くと、鞄からナイフを引っ張り出し、自分の両の手の平をそれぞれ切った。
 ぽたぽたと血が滴り落ちる。

(この広さの魔力に直接魔力をぶつけるのは無謀だけど……!)

 そして、そのままその手を前へ突き出し、自分の魔力と霧を混ぜて螢結石を作り始めた。

「…………っ」

 傷口から魔呼びの泥ダンテ・シュラムから発生した霧が侵入してくる。
 その感覚に吐き気を催しながら、アナスタシアは螢晶石を作り出していく。
 アナスタシアの魔力の光が――金色の光が霧を少しずつ変えていく。

 その変化に、ぽつぽつと出現し始めた魔性はいち早く気が付いた。
 テレンスの死霊術で、魔力で形作られていたそれらは、アナスタシアの魔力が浸食し霧を晴らして行く事により、だんだんとその姿を保てなくなってきたのだ。
 自分の体が崩れていく事に驚愕の表情を浮かべ、そのアナスタシア理由に気が付くと、矛先をこちらへ向けてくる。

 よくも、と言ったとこだろうか。
 身体が消滅して行く事実に驚愕し、同時に怒りを感じているようだ。
 どこも同じだとアナスタシアは思った。
 人も魔性も、下に見ている相手に食いつかれれば、途端に激昂し排除しにかかる。
 自分の都合で評価して、利用するだけ利用して。

 そんな連中に、決して褒められたやり方ではなかったけれど、ただ家族を守るために生きた人間テレンスを、くれてなんてやらない。
 
「邪魔を」

 ――――させたりなんかしない!

 魔性達は目を吊り上げ、牙をむき、こちらへ襲い掛かって来る。
 アナスタシアは怯みもせずに、逃げもせずに、自分の仕事、、を続ける。

「させるかっ!」

 シズの声が聞こえたかと思えば、銀色の光の線が見えた。
 彼の剣だ。シズの一閃が魔性達を叩き斬る。
 キラキラとした輝きが空中に残ったのを見る限り、聖水を付与したものなのだろう。

「シズさん!」
「お待たせ、アナスタシアちゃん!」

 シズは一度振り返ると、そう言ってニッと笑った。
 彼が来た方向を見れば魔呼びの泥ダンテ・シュラムの壁に穴が空いていた。

「皆無事だよ、ローランド監査官とガブリエラ隊長が、駆けつけてくれた星教会の人達と一緒に、清めている最中!」
「何よりです! あとは……」

 アナスタシアは視線をテレンスに向ける。彼は魔性に食らいつかれながらも、捕まった双子に向かって必死に足を動かしていた。

「ニコラさんとエルマーさんの身体が心配です。それとテレンスさんの体力も恐らく限界です。シズさんのおかげで、今この周辺の魔性はあれだけです。ですから私の方は構いません」
「そこはね、何より構う方なんだけどね!」
「はい、ですので頑張って全部倒してください! 魔呼びの泥ダンテ・シュラムと霧は私が何とかします!」
「おっとぉ、そう来たか!」

 アナスタシアが笑顔で言えば、シズもおどけた調子でそう返す。
 それから「うん」と頷くと、

「分かった。……あいつを援護すればいいんだね」

 と言った。アナスタシアは「はい」と答える。
 シズは「オーケー」と短く言うと、一度目を閉じて、懐からガラスの筒を取り出した。聖水の入った筒だ。
 彼はそのフタを明け、剣に聖水を掛ける。すると刃がキラキラと輝き出す。

「シズさん。家族を、届けてあげてください!」
「――――まかせて!」

 アナスタシアの言葉にシズは力強く答えると、テレンス達に向かって地面を蹴った。

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