馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?
7-30 ホロウと傭兵団
魔性と言うものは少々特殊なものだ。
肉体を持っていたり、ゴーストのような霊体だったりと、その生態は様々だ。
魔性がどういうものであるかというのは、学者や研究者によって多少見解が違うが、一般的には『魔力によって生まれるもの』とされている。
アナスタシアが出会った魔性から例を上げれば、氷結晶から生まれるフローズンホース、魂や特定の魔力溜まりから生まれるナイトメアがそれにあたる。
魔性は総じて邪悪――というわけではないのはフローを見れば分かるだろうが、それでも基本的な性質は他者と相容れない。
多くの魔性は他者の魔力や精神力を主食とするからだ。
大半の魔性にとって他者は餌。その餌を得るためにはどんな行動も厭わない、という考えをする魔性も多い。
残念ながら領都に現れたのはそういう魔性だった。
準備を整え街へ向かうと、領騎士団の詰所に近づくにつれて、黒色の霧のようなものが漂っている。それと一緒にあちこちにぽつぽつと魔性の姿を発見できた。
泥のような体をした者、影のような体をした者、鋼のような体をした者。見た目は様々だが、どれも領都の住人達や馬等に対しても害意を持っている様子だった。
しかし、アナスタシアが考えていたよりも、領都の人々は落ち着いていた。
その理由はホロウや騎士達のおかげのようだ。
「避難するならこちらだ!」
「右に魔性が二体、討伐を頼む!」
「分かった!」
魔性を見つけると、彼らはそんな調子でテキパキと討伐に向かって行く。
ザルツァ隊の騎士も、領騎士団の騎士も、それぞれが自分の仕事をしている。
だからこそ領都の人々も大きな混乱にならずに、落ち着いて避難出来ているようだ。
アナスタシアが近づくと、まずホロウとコシュタ・バワーがこちらに気付いた。
「おお! アナスタシア殿、シズ!」
「ホロウさん、コシュタ・バワーさん、状況はどうですか?」
『避難は順調に進んでおります。ロザリーやガースも頑張っております! 星教会や、彼らの協力もありますね。それから……』
そう話しながら、コシュタ・バワーは身体を動かし、とある方向を指した。
そこにいたのは騎士鎧とは違う雰囲気の鎧をつけた一団が、魔性と戦っているのが見える。
「彼らは?」
「あちこちを転々としている傭兵団です。たまたま領都に滞在しておりましてな」
傭兵とは金銭で雇われ、様々な戦いや仕事につく集団だったはずだ。
アナスタシアも馬達から話は聞いた事があったが、実際に見たのは初めてである。
騎士と比べると全体的にワイルドと言った雰囲気だろうか。
そんな事を思っていると、その中の一人がこちらへやって来た。ホロウと同じくらいの体格の大柄な男である。
「おう、ホロウさん。あっちの避難は大体済んだぜ。……っと、このおチビさんは?」
「アナスタシア・レイヴンです。初めまして、傭兵の方。ご協力いただき、ありがとうございます」
「おう、初めまして。気にすんな、俺達にとって街ってのは重要な場所だからな。あ、俺は団長のギデオンってんだ、よろしくな!」
そう言ってギデオンと名乗った傭兵団長は豪快に笑った。
その笑い方は何となく海都の元海賊達に近い。気さくな雰囲気も合わさって話しやすいなと思いながら、
「後ほど消耗品等を補填しますので、レイヴン伯爵家まで明細をください。怪我をした方がいたら、その方の治療費の分もお願いします」
とアナスタシアが言うと、ギデオンは目を丸くする。
それから楽しそうに片方の口の端を上げて、
「ハハハ。ちびっこなのにちゃんとしてんだな~。んじゃ、遠慮なくそうさせてもらうわ」
と言った。
そんな話していると、少し離れたところから「ギーデーオーン!」という怒声が聞こえて来た。
おやと思ってそちらを見れば、褐色肌の女性がギデオンめがけて走って来て、思い切り飛び蹴りを喰らわせた。
「このアホ! もっとまともな言葉遣いしねーか!」
「痛ェ!」
ギデオンは思い切り吹っ飛ぶ。あの体格の成人男性が、こうまで軽々吹き飛ぶなんて、どれほどの威力なのだろうか。
アナスタシア達が揃ってポカンとしていると、女性が大慌てで頭を下げた。
「すみません、お嬢様! うちの団長、クソほど礼儀がなってなくて!」
「いや、良い勝負じゃない……?」
思わずシズがツッコミを入れた。確かにである。
その間も申し訳なさそうに彼女は頭を下げ続けている。アナスタシアは「いえいえ」と少し笑って首を横に振った。
「お気になさらず。どちらかと言うと私はそちらの方が嬉しいですし、構いませんよ」
「え? ほんと? じゃあ、そうさせてもらうぜ! あっ! 俺はエフタってんだ、よろしくな!」
「おいコラ、変わり身が早いってもんじゃねぇぞ!」
あっと言う間に普通の対応になったエフタを見て、身体をさすりながら戻ってきたギデオンが恨めしそうに言った。あの吹き飛びようなのに、特に怪我はしていない様子である。傭兵ってすごいなぁとアナスタシアは思った。
まぁそれはともかく、今は事態の収束が最優先だ。
アナスタシア達はひとまず彼らと情報交換をする事になった。
そこで分かったのが、この漂っている霧が、現れた魔性達の体を崩れないように保っているという事だった。
「なるほど、なるほど。となると霧が完全に晴れれば、今いる魔性は消滅するというわけですね」
「そういう事だ。うーん、でもなぁ、ちょいと奇妙というか、何かこの霧の範囲が狭ぇんだよな」
「狭い、ですか?」
「そうなんだよ。泥から発生した霧が広がる速度が遅いし、その範囲も狭い。それと広がる方向に偏りがある。えーと、確か……ああ、あっちだ。あっちの方が少ないんだぜ」
エフタがそう言ってとある方向を指さした。
「あちらは確か……」
孤児院がある方角だ。シズもそれに気づいた顔になって「……あいつ」と呟く。
もしそれが意図的なものであるのだとしたら。テレンスは一体どんな思いで、この死霊術を使ったのだろうか。
「とにかく、何よりも魔呼びの泥ですな。あれを取り除けば、魔性はこれ以上出て来ないでしょう」
「分かりました。ではそちらの対処には私達が向かいますので、皆さんはここをよろしくお願いします!」
『承知いたしました! ご武運を!』
「おう、まかせな!」
「十分気を付けなよー!」
ホロウ達にそう激励され、アナスタシア達は詰所を目指して走り出した。
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