馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?

石動なつめ

7-29 領都の魔性


「魔性!?」

 ロザリーの言葉に、アナスタシアとシズの顔色が変わる。

「場所の把握は出来てますか?」
「ああ。途中でホロウにも確認したが、領騎士団の詰所付近が一番多い。恐らく発生源はそこだろう」
「まさかテレンス……」

 シズが呟く。アナスタシアも同じ事が浮かんだ。
 魔獣や危険種、および魔性の類は街の中には入って来られない。そのため意図的に持ち込まれない限り、迷い込んだ線は薄い。
 領騎士団の詰所にはテレンスが捕らえられている。そしてホロウから報告のあった『靄』は、夢魔の霧の類だ。あれはテレンスの魂から発生したものである。
 つまり場所と内容を考えると、魔性の件に関わっているのがテレンスである可能性が高い。

「今回、魔性の発生源となっているのは泥だったとホロウは言っていたよ」
「泥ですか?」
魔呼びの泥ダンテ・シュラムと言うらしい。魔性を呼び出す死霊術だそうだ。それに阻まれて、テレンスの状態の確認がまだ出来ていないと言っていたよ」

 オーギュストはそう教えてくれた。
 なるほど、とアナスタシアが呟いていると、

「あ、あの! 兄様に何かあったんですか?」

 不安そうにエルマーが聞いて来る。ニコラも心配そうな表情だ。
 この子達はまだテレンスの魂の件は知らないのだろう。
 ローランドが戻って来てからと思っていたが、今話して良いものだろうか。そう思ってアナスタシアはシズを見上げる。
 彼にもそれが伝わったようで、少し考えてから「実は……」と言葉を選んで話してくれた。
 するとサァッと双子が青褪める。

「そんな、兄様……」
「兄様、助かるんですよね!?」
「大丈夫です。そのつもりで処置に向かっていますので」

 処置が可能だと、はっきりとガブリエラは断言した。
 医術や薬の知識のある彼女が言うならば間違いないだろうとアナスタシアは思う。
 問題は現状がどうなっているかと、処置に向かった者達の身の安全だ。

「シズさん、領騎士団の詰所には騎士が大勢いますよね」
「そうだね。外回りの仕事に出ている騎士もいるだろうけど、詰所を空にはしない。ある程度の人数はいると思うよ」
「でしたらライヤーさんやガブリエラさんもいますし、ローランドさんや侯爵様達は大丈夫そうですね」

 ふむふむ、とシズの話を聞きながらアナスタシアは頷く。
 それならば次は領都の住人達をどう守るかだ。

「オーギュスト伯父様。今、必要な事は何ですか?」

 そう思ったのでアナスタシアが聞くと、オーギュストは少し驚いたように軽く目を見開く。それからニッと笑った。

「良い判断だ、アナスタシア。まずは魔性関係に強い星教会ステラ・フェーデへ協力要請を出す。これは恐らくローランド君も伝令を飛ばしているだろうし、星教会ステラ・フェーデも事態を知れば動いてくれていると思うが念のためだ。それから周辺住人の避難誘導も重要だね」
「誘導……。そうだ、ロザリーさん。海都の時みたいに、魔性の類に鈍足の呪術は効きますか?」
「効きます。霊体ゴースト系は無理ですが、それ以外なら効きます」

 力強く答えるロザリーに、アナスタシアは「では」と頷く。

「直ぐに避難出来ない方もいます。ロザリーさん、彼女達が避難する時間を稼いでください」
「わっかりました! おまかせください、お嬢様! そうだ、ガースも引っ張って行って良いですか? あいつ、口が上手いので!」
「はい、よろしくお願いします! 気を付けて!」
「はーい!」

 アナスタシアが頼むと、ロザリーが胸を叩いて駆け出した。
 その後ろ姿を見てオーギュストが「頼もしいかぎりだ」と呟く。

「僕は星教会ステラ・フェーデの方へ向かおう。アナスタシアは……」
「領騎士団の詰所へ行きます。試してみたい事がありますので」
「試してみたい事?」
「アーサー卿の『星辰』です。魔力を込めれば一時的には使えると、フラワーホースさんに教えていただきましたので」

 魔を祓うと言われているかの宝槍には、聖水のような効果を持つ魔力の光を放つ事が出来る。
 魔性の類を呼び出す泥なら、恐らく効果があるはずだ。仮に泥に効かなくても、魔性ならば効く。
 アナスタシアがそう話すとオーギュストとシズは「なるほど」と頷いた。

「危険だと判断したらすぐに退避するよ、それで良いかい?」
「もちろんですとも!」

 シズに聞かれ、アナスタシアは頷く。役に立つなら嬉しいが、足手まといはただ邪魔なだけだ。
 その言葉にシズは「オーケー、分かった!」と笑う。
 そうして話していると、ニコラとエルマーが、

「わ、私達も一緒に行っても良いだろうか?」
「僕達、結界は得意なんですよっ! 守るなら力になれます! 絶対に邪魔はしませんから!」

 と訴えてきた。必死な目だ。
 双子を見ながらアナスタシアは考える。
 本当はここで待っていてもらう、のが一択なのだろう。
 けれど二人がテレンスに会いたいという気持ちも、両親が心配な気持ちもアナスタシアは理解できる。

「危険だと判断したらすぐに退避する。私と同じ条件で良ければ、行きましょう」

 そしてそう言うと、双子はパッと表情を明るくし「はい!」と頷いたのだった。

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