馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?
7-26 会いたい気持ちはよく分かる
「テレンスは私の妹の子なのです。妹は周囲の反対を押し切って平民に嫁ぎました」
「反対を押し切って、ですか?」
「はい。……けれど事故でテレンスを残して亡くなり。その事を知って私があの子を引き取ったのです」
ですが、とディーターは続ける。
「その事であの子に、心無い事を言う者もおりました」
「心無い事……」
「平民の子が家を乗っ取るつもりか、と」
なるほど、とアナスタシアは思った。
似た境遇のアナスタシアからすれば、それは容易に想像ができる話だ。
しかし似た境遇であっても違うものもある。ワーズワース侯爵家の者たちの反応だ。
ディーターの言葉に彼女達は一斉に辛そうな顔になった。
そして一番に反応したのはニコラとエルマーだ。
「兄様はそんな事は思っていないっ! いいや、思ってたっていい! 私達よりずっと、兄様の方がすごいんだから!」
「そうですよ! 兄様は強くて格好良くて頭も良くて魔法も使える、最高の兄様なんですよ!」
鼻息荒く、双子はそうまくし立てる。
正直に言えばアナスタシアの中でテレンスの印象は悪い。
けれど家族として一緒に過ごしてきた二人の言葉は、騎士学校でのテレンスの評価と同じだった。
ならばやはり本来のテレンスはそういう人物である可能性が高いのではないだろうか。
「ニコラ、エルマー。口を閉じなさい」
「だけど!」
「閉じなさい」
「……はい」
ディーターからやや強い口調でそう言われ、今度こそ双子は静かになった。しょぼん、と肩も落としている。
「失礼、話を戻します。……テレンスは騎士になって、私達を守るのだと言ってくれました」
「だから騎士学校に?」
「はい。その時に、もし騎士になれなかった時、侯爵家に迷惑をかけたくないからと、ワードを名乗ると言ったのです」
テレンスは平民の子というだけで、ワーズワース侯爵家に負担をかけているから、これ以上迷惑をかけないように『ワード』を名乗らせて欲しいと頼んだのだそうだ。
その言葉を聞いた侯爵夫妻はもちろん大反対した。迷惑などかけられていない、お前は私達の家族なのだからと。
けれどテレンスの意志は固く、結局、夫妻が折れる形で話がまとまったらしい。
騎士学校の方へは侯爵夫妻が頼み込んで、特例で許可を貰ったとの事だ。
「ああ、だからあいつ……家の事をあまり話さなかったのか……」
話を聞いていたシズが、ぽつりと呟いた。
「罪は必ず償わせます。まずは謝罪をと。本当に申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした!」
侯爵を始めとして、夫人や双子が再び頭を下げる。
その言葉には、姿には、テレンスに対する愛情が感じられた。
「…………」
それを見てアナスタシアは少し羨ましく思った。
実の子でなくても、家族として愛されているテレンスの事が。
「……事情は分かりました。ではテレンス・ワードを捕えている場所へご案内いたします。ただ手紙でご説明した通り、まずは処置が必要ですので、ディーター様とエデルガルド様だけ……」
「いやだ!」
ローランドの言葉にすぐに反応したのはニコラだ。
彼女はバッと立ち上がり、両手で拳を作ってローランドに訴えかける。
「私達も直ぐに兄様に会いたい! 会わせてください、お願いします!」
「お願いします、ローランド様!」
エルマーも立ち上がり、そう頼む。
しかしローランドは首を横に振る。
「先にやらねばならない事がある。聞き分けて欲しい」
「そんなの、そんなの……後になったらまた会えなくなるかもしれないじゃないか! そんなの、いやだよ!」
ニコラは首を大きく横に振る。
大きな青い瞳に涙がせり上がって来る。
(ああ、本当に。……この子達はテレンスさんの事が大事なのだな)
けれど現状ではローランドの言い分の方が正しい。
家族だとしても、あくまで四人はワーズワース侯爵家の人間だ。だからこそ何かあってからでは遅い。
夢魔の霧を対処してからでないと『もしも』の可能性がある。直ぐに連れて行くわけにはいかないのだ。
けれど家族に会いたいという気持ちもまた、アナスタシアにもよく分かる。
「ニコラさん、エルマーさん。別に後日というわけではありません。ひとまずは先に準備が……」
「分かった、分かったよ……」
「会わせてくれないのなら……」
するとニコラとエルマーの声の調子が変わった。ついでに表情もである。
何か不穏な――言うなれば先日のガブリエラのような徹夜明けのテンションの時にするように、目が据わっていた。
あ、これは良くない。
アナスタシアは瞬間的にそう判断したが、双子の行動の方が速かった。
双子は立ち上がると、
「せい!」
なんて掛け声と共に、アナスタシアの腕を掴んでぐいっと引き寄せた。
ディーターがぎょっと目を剥く。
「ニコラ、エルマー!?」
「会わせてくれないなら、私達にも考えがあるよ!」
「そうですとも! 人質です!」
そう叫んだ双子が『結界』なんて魔法を発動したのは、間もなくの事だった。
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