馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?

石動なつめ

7-16 色々と呼称が増えてきましたが


 領騎士団の詰所は時計塔から西にある。
 石造りのその建物に近付いて行くと、騎士が二人立っているのが見えた。彼らを見てシズが「先輩、お疲れ様でーす!」と手を振る。
 どうやらザルツァ隊の騎士らしい。アナスタシアも見覚えがあった。騎士達はアナスタシア達に気が付くと手を振り返してくれる。

「おう、シズお疲れ。お前は相変わらず元気だなー」
「アナスタシア様もこんにちは。今日はどうしたんですか?」

 そう言いながら、二人はしゃがんでアナスタシアに視線を合わせてくれた。
 気さくに笑いかけてくれる彼らに挨拶を返すと、アナスタシアはミーナの時と同じように、簡単に事情を説明する。すると騎士達は「へぇー」と興味津々といった顔でフラワーホースを見上げた。
 二人の視線を受けたフラワーホースは、ぶる、と鳴く。

「いやぁフラワーホースかぁ。俺、初めて見たなぁ」
「だなー。今日は良い事がありそうで嬉しいわー」

 騎士達は楽しそうにそう言った。
 物事の始まりの象徴とされるフラワーホースの存在は、良い意味で捉えられる事が多い。芽吹き、開花、そして始まり。それらから連想できる明るいイメージを持っているからだ。
 その証拠にフラワーホースと一緒に街を歩いていても「あらー綺麗な馬ねぇー」と褒められるくらいである。
 まぁこれはユニコーンのユニや、首無し騎士ホロウの相棒であるコシュタ・バワーが好かれているから、というのも大きいが。領都の人間の多くは不思議な馬達に触れる機会が多いので、すっかり慣れてしまっていた。

「あ、そうだ。馬で思い出した。そう言えばさっきホロウさんが来たよ」
「ホロウさんですか?」
「そうそう。街の外ででかい魔獣を狩ったらしいね。解体用の道具を貸してくれって」
「へぇー、どんなだろうなぁ。実物見てみたい」

 門の方角を指さして騎士達はそう教えてくれた。
 領都の近くに魔獣がやって来るのは、あまり多い事ではない。
 理由は街を覆う壁に、魔獣が嫌う臭いの土で出来た煉瓦が使われているからだ。作る過程で聖水も練り込まれているので、不死系や魔性の類にも効果がある。

 そんな事情で魔獣等が領都に近付く事は少なかった。
 それなのに大きい魔獣とはどういう事かと言えば、これも夢魔の霧が原因だったりする。
 
 あれから数か月は経つが、まだまだあの件は尾を引いている。夢魔の霧は魔性を呼ぶが、性質が似ている魔獣を引き寄せる事もある。
 その霧を構成していた魔力が未だ領都に染み付いているのだ。そのせいで魔獣達が寄って来るようになってしまった。

 その事に対策自体は取っている。
 星教会ステラ・フェーデに依頼して、領都内や周辺を聖水で定期的に清めて貰ったり。
 魔性や魔獣、呪術等の事情を良く分かっているホロウが主体となって領都の外を巡回し、近寄って来た魔獣達を退治してくれていたり。
 そのおかげで夢魔の霧以降でも魔獣等による被害はない。また夢魔の霧の影響自体も当初と比べるとだいぶ薄れて来ていた。

(後は新たに発生した領都内の靄だけですね)

 そんな事を思い出しながら、ふむふむ、と騎士達の話を聞いているとフラワーホースがアナスタシアに擦り寄って来た。
 顔を向けると『解除、解除』と、そわそわした様子で彼女は言う。
 そうである、ここへ来た目的は施錠魔法マジックロックの解除だ。
 アナスタシアは頷いて、

「それでは少しお邪魔しても良いでしょうか?」
「もちろんですよ。ええと、確か昔からある場所でしたよね」
「となると、あそこかなぁ。うーん」

 すると彼らは腕を組んで、少し微妙そうな顔になった。何かまずい場所だったりするのだろうか。

「先輩、何か問題あるんすか?」
「いや……うーん、入るには問題ないんだけど」
「けど?」
「昔からある場所って、今、その一部が牢屋になっているんだよ」
「え?」

 騎士達の言葉に、アナスタシアとシズは目を丸くした。



◇ ◇ ◇



 教えて貰った場所へ行ってみると、その一つの牢内でテレンスがベッドに寝転んでいた。
 ついでに鼻歌まで聞こえて来る。囚人とは思えないくらいのくつろぎっぷりである。
 最初に出会った時からそうだったが、大物なのか何なのかいまいち判別がつきにくい男だ。
 まぁ、それはそれとして。
 近付いて行くと二人の靴音に気が付いてテレンスが顔だけこちらを向けた。

「あら、おチビさんとシズじゃないですか」
「こんにちは。何となく予感がしていましたが、やっぱりテレンスさんがいましたか」
「来て早々に何を微妙な顔しているんです、おチビさん達は。差し入れは?」
「もともと来る予定がなかったからないよ。ていうか牢屋に入っている側の態度じゃなくない?」

 シズが肩をすくめてそう言った。その言葉から察するに、シズは面会に来るたびに差し入れを持って来ているんだろう。 
 複雑な立場と状況にはなったけれど、やはり彼にとってテレンスは友達なのだ。そう簡単に割り切れるものではないのだろうなとアナスタシアは思った。
 そんな事を考えている間に、テレンスは「よっと」と勢いをつけて身体を起こす。
 やや薄暗いものの、顔色はそれ程悪くなさそうだ。

「それでは次の時はプリンとか持ってきますよ」
「おんや、覚えていて貰えて嬉しいですね。……んで、何しに来たんです? 今日取り調べの日でしたっけ?」
「いえ違います。今日は用事があって来たんですが……」

 万が一という事があるし、理由は言わない方が安全だろうと、アナスタシアはテレンスに曖昧にそう返す。
 そのままひょいひょい通路を歩くと、ちょうどテレンスが入れられた牢の隣、そこの鉄格子前に施錠魔法マジックロックの魔法陣が浮かび上がった。 
 鉄格子に貼り付いてそちらを覗いたテレンスは、目を丸くしている。

「こんな場所に施錠魔法マジックロック? 何です、これ」
「お前は知らなくて良い奴だよ」
「えー、別にいいじゃん、友達だろー?」
「その問いかけに、俺は単純に友達だよって返したかったよ」

 わざとらしく口を尖らせたテレンスに、シズは半眼になった。
 しかしテレンスは気にせず「ハハハ、悪い悪い」と笑って返す。

「軽っ! あまりに軽いっ! 全然悪いって思ってないだろ!」
「んな事ねーよ。思ってるよ、それなりにな」
「お二人共、仲良しですねぇ。受け答えが息ぴったりです。ロザリーさんとガースさんみたいですよ」

 そんなやり取りを聞きながら、アナスタシアは魔法陣の前にしゃがんだ。そして今までと同じ方法で施錠魔法マジックロックを解除する。
 この場所のもので三つ目。これで全部解除した事になるが、さてどうなるか。
 そう思いながら立ち上がった時、不意に時計塔のある方角から、ふわり、と波のような空気の震えを感じた。
 風ではない、地震でもない。わずかに温かさを持ったそれ――恐らく魔力だろうか。
 わ、とアナスタシアが小さく声を漏らすと、シズが首を傾げた。

「どうしたの、アナスタシアちゃん」
「今、魔力の反応がありまして。シズさんは感じませんでしたか?」
「俺は特には。んー、解除した人だけ感じる奴かな?」

 首を横に振るシズに、なるほど、とアナスタシアは頷く。
 今までの施錠魔法マジックロックの魔法陣もそうだったので、その可能性は大いにあるだろう。魔法は発明同様に本当に奥が深いものである。
 しみじみ思いながら「それでは次へ行きましょうか」とシズに言う。
 するとテレンスが拍子抜けした顔で、

「いや本当にそれだけに来たんですね……。前も思いましたけど、お嬢様ってだいぶ真面目ですよね」

 なんて言った。そうだろうか、自分では特にそう思った事はないけれど。テレンスの言葉にアナスタシアは腕を組む。

「そうですか? んー、では、何かお話してくださいますか? この間の事件とか、あなたの裏に誰がいるのかとか」
「しませんよ。俺も一応、真面目に悪い奴やってるんでね」
「『真面目』の使い方が違うと思うんだけどね?」
「甘いぜ、シズ。自称『真面目』はわりとそんなモンさ」

 チッチッチッと指を振って言うテレンスに、シズが「お前な……」と呆れた顔になった。
 たぶんこういう態度を取り調べの時にしているのだろう。担当者の苦労が目に見えるようである。
 そんなテレンスは再びベッドに座りなおし、

「ま、何を聞かれたって俺は口を割りませんよ。言っといて何ですけど、残念でしたね」

 と言って両手を軽く開いた。うーん、とアナスタシアは軽く首を傾げる。

「口なら産まれた時から割れていますが」
「そういうのをヘリクツと言うんですよ」
「クソガキにヘリクツ……フフ、だんだん増えてきました」
「お宅のお嬢様、喜んでるけど良いのか?」
「まぁアナスタシアちゃんだからねぇ」
「お前は主人がそれで良いのか」
「うん。見ている景色が真っ直ぐだからさ」

 シズの言葉にテレンスは短く「そうか」と呟いた。
 一瞬、目を伏せた。それから彼は頭の後ろで手を組んで、盛大にため息を吐く。
 何だろうかと思っていると、

「…………あーあ。こっち、、、じゃない方を選べば良かったかな」

 彼はそんな事を言い出した。
 アナスタシアとシズは怪訝に思い「こっち?」と聞き返す。
 するとテレンスは「ええ」と頷き、

「狙われているのはレイヴンだけじゃないって事です。俺は……どっちでも良かった」

 と言った。その言葉にアナスタシアとシズは軽く目を見張った。
 テレンスの表情は先ほどとは違い、少し真面目なものになっている。

「テレンス、お前……」
「前にお前の家族を危険に晒しちまった詫びだ。―ーーーそんじゃ、何か知らねーけど、頑張ってくださいね」

 そしてテレンスはそれだけ言うと、再びごろんと、ベッドに寝転がったのだった。

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