馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?

石動なつめ

7-6 アナスタシアの世間の評価


「いやしかし、本当に馬と会話できるんですねぇ」

 馬の皆から良い話を教えて貰えて嬉しかったなとアナスタシアが思っていると。
 一連のやり取りを見守っていたジャックがそう感想を述べた。
 思い出してみれば、海都でもシーホースと会話をしているところを、ジャックは見ていなかった。
 話自体はウィリアム達から聞いていたのだろう、驚きは少なかったが。
 興味深そうに、そして面白そうに話見ていたジャックは、今度はアナスタシアの手首にその目を向けた。

「ところでアナスタシア様。腕のそれは魔法道具ですか? 馬の反応があった時に光っていましたが」

 そして彼はそうも言った。どうやらこの商人、そこまで細かく見ていたらしい。

「よく見てらっしゃいますね。その通りです」
「商人ですのでね。大事な事を見落とさないように、目でしっかり見るのは基本中の基本ですよ」

 ジャックはおどけた調子で、目の近くをとんとん、と指で叩く。
 それを聞いたシズは「それ騎士学校で教わる奴だなぁ」なんて呟いていた。
 フフ、とジャックは笑いながら話を続ける。

「ところでアナスタシア様がお作りになった道具は、まだ他にありますよね?」
「はい、ありますよ。ご覧になりますか?」
「ぜひ!」

 それならばとアナスタシアが聞けば、食い気味に答えが返ってきた。
 おおう、とアナスタシアが僅かに仰け反る。
 何だかこの反応、最初に発明品を見せた時のローランドに似ている気がする。そう思って彼の方を向けば、ローランドもアナスタシアの方を見ていた。

「君とよく似ている気がする」
「ローランドさんにも似ている気がします」
「おやおや。お揃いなんて嬉しいですねぇ」

 お揃いは喜ばしい事だが、ジャックとなると少々意味が違って聞こえる気がするのはなぜだろうか。
 まぁそれはそれとして、アナスタシアからすれば興味を持って貰えたなら、見せない理由はない。
 なので「ちょっと待っていてくださいね」と一言入れると、馬小屋の奥から発明品が入った箱を取りに行く。
 よいしょ、とそれを両手で持って戻って来てみれば、ジャック達の目が丸くなった。

「これは……予想していたよりずいぶんたくさんですね」
「へぇー、面白ぇなー。見てみろよトリクシー、これこの間の素材じゃね?」
「ええ、本当だわウィル! ねぇアナスタシア、これ、水の上を歩ける靴?」
「その試作品ですねぇ。まだ水を弾くくらいなんですよ。水溜まりとかに入っても、靴に水がしみ込んで来ません」
「雨の日や湿地帯を歩く時に便利ね!」

 そんなやり取りをしながらジャック達がワクワクと覗いている。
 少し離れたところでは、ローランドがその輪に加わりたそうにウズウズしている様子だったが、今回は三人に遠慮しているのだろう。
 それが分かったようでシズは苦笑していた。

「……おや? アナスタシア様、これは?」

 そうして発明した魔法道具を一つ一つ説明していると、ジャックがその内の一つを指さした。
 ガラスのような見た目の一輪の花だ。ああ、とアナスタシアは持ち上げる。

「ヴァルテール孤児院へ贈ったヴェルメという魔法道具の試作です。茎の部分を水につけると、温かい光を放つんです」
「ああ! なるほど、あれでしたか。私も孤児院へお邪魔した時に拝見しましたが、あれは素晴らしかったですねぇ」

 ジャックはヴェルメの試作品をしばらく見つめてから、

「……アナスタシア様。こちらの幾つかの発明品の製法を、私に買い取らせていただけませんか?」
「製法の買い取り……ですか?」
「はい。良い商売の種になりそうだなと。……あ、もちろん、買い取ったとしても、アナスタシア様はもう作らないでください、という事はないのでご安心を」

 意外な言葉に驚くアナスタシアに、糸目の商人はにこにこ笑ってそう続ける。
 作った物を売るという事は浮かんでいたが、製法を売るというのは考えた事がなかった。
 なのでどう返して良いものかアナスタシアが考えていると、

「あら! ジャック会長が話を持ち掛けるなら、それだけじゃないでしょ?」
「おやおや、鋭いですねレディ」

 なんてトリクシーが言い、ジャックがそう答えた。
 二人のやり取りを聞いてローランドも「どういう事だ?」と尋ねる。
 するとジャックは、

「私はこれをアナスタシア様のお名前付きで販売したいと考えています」

 と答えた。言っている意味は分かるが、やはり理由が今一つ分からない。
 なのでアナスタシアは正直に聞き返す。

「ええと、内容次第になりますが……私の名前付きでとはどういう事でしょうか?」
「アナスタシア様の知名度を上げたいのです。アナスタシア様は領主を目指してらっしゃるのですよね」
「はい」
「で、あれば、アナスタシア様はご自分の世間の評価はご存じですか?」
「レイヴン伯爵家の末の娘では?」

 事実のみをアナスタシアが返すと、ジャックは数回頷いた。
 そしてその言葉には答えずに、今度はウィリアムの方へ顔を向ける。

「ウィリアムさんはどうですか?」
「『家族に虐げられたかわいそうな子供』だな。それが俺らが最初に知った評価だよ。ま、調べたら色々面白いお嬢さんだったけどなー」

 ウィリアムの言葉にジャックは「はい、その通りです」と頷く。
 そして最後にローランドへ視線を向けた。

「どうですか、ローランド監査官?」
「……そうだな。その通りだ」
「えーと、つまりはどういう事なんです?」

 首を傾げるシズに、ジャックは人差し指を立てて、

「『かわいそう』なイメージでは、人はついては来ない。――――領主として弱い、というお話です」

 と言った。

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