馬小屋暮らしのご令嬢嬢は案外領主に向いている?
7-5 猫の集会のウワサ
「そういや、知ってるか? 領都近くに妙な魔性を見かけたって話」
話がひと段落し、ホロウが再び街の見回りに出かけた後。
ふっと思い出したようにウィリアムが言った。
領都の近くに魔性と聞いてアナスタシアは目を瞬き、ローランドも見上げる。彼も軽く首を傾げていた。
「魔性? いや、特に報告には上がってきていないな。シズはどうだ?」
「うーん。俺も領騎士団の方へは顔を出していますけど、特に何も……。あ、でも、変わった話だったら、猫の話題がありましたよ」
「おや、猫ですか?」
「そうそう。何か最近ね、日替わりで色んな猫を見かけるんだって」
珍しいよね、とシズはそう言った。
確かに日替わりで違う猫とは、あまり聞かない話である。
アナスタシアとトリクシーの子供組がとたんに目を輝かせた。
「何だか街の食堂のメニューにある定食みたいですよねぇ」
「そうね、日替わりはとってもロマンだと思うわっ」
そして二人揃ってそんな事を言った。
日替わりという言葉が食事の話題に繋がった二人に、思わずと言った様子でウィリアムが半眼になる。
「ヤダ……ここの自称レディ共、食欲に直結し過ぎ……?」
「大丈夫です、日替わりでも美味しそうとは思いませんよ」
「美味しそうに見えたらそれはそれで問題なんだわ」
胸を張ってアナスタシアが答えれば、真顔になったウィリアムからツッコミが返って来た。
まぁ問題かどうかと言われれば、問題である。
食べちゃいたいくらい可愛いという言葉の亜種として考えればアリだろうが、話の流れ的にナシだ。
うんうん、とシズとローランドが頷いていた。
「まぁしかし、確かに変わったお話ですねぇ。ウィリアムさんのパールさんは何かご存じありませんか?」
「あいにくと猫の言葉は分からねぇんだよな。お嬢様はどうだい、馬のアレを猫に適用できたり?」
「私も猫さんの言葉はちょっとわからないですねぇ」
話しながら子猫を見れば「みぃ?」と首を傾げられてしまった。
アナスタシアは馬ならばニュアンスで理解できるが、猫はまだまだ分からない。
(今度ツェントラーレを改良して、猫の言葉が分かるようにもしてみるのも良いかも……?)
そうなると猫だけではなく、他の生き物の言葉も気になる。
そんな事を考えながら、アナスタシアは顔を上げ、
「でも、もしかしたら馬の皆は何か知っているかもしれませんね。聞いてみませんか?」
と提案した。
それを聞いてローランドが「ふむ」と頷く。
「確かに人が知らない情報を得ている可能性があるな。先日、私も世話になった」
「俺もこの間も面白いお話聞かせて貰いましたよ。ライヤー隊長も女性へのプレゼントの相談してたっけな」
ローランドとシズはそんな風に続ける。
どうやらそれぞれ馬と交流を持っているようだ。それはとても良い事である、とアナスタシアはにこにこ笑顔になった。
ただ、それを見ていたジャック達は、
「ほんと馬好きなんだな。っていうか監査官達もそうなのか」
「あたし達もシーホースに対してはそうでしょ?」
「そうですねぇ。ま、しかし……聞けば聞くほど、不思議なやり取りでもありますよ」
なんてしみじみと言ったのだった。
◇ ◇ ◇
それからアナスタシア達は馬小屋へ移動した。
目的はもちろん馬達から話を聞くためである。
扉を開けて中へ入ると、先ほどあった氷部分が無くなっている。溶けたのか、それとも消したのか、その辺りは分からない。
ただ馬小屋の隅の方で、ユニとフローがしょんぼりとしているのは見えた。アガーテからしっかりお説教をされたようだ。
後でフォローしようと考えながら、アナスタシアは馬達に近づく。
最初に気付いたのは栗毛の馬――アガーテだ。彼女はウィリアム達を見て、
『あら、アナスタシア。お話は終わったの? 今日は初めましての子もいるわね』
と言った。
「はい、アガーテさん。海都からいらっしゃったトリクシーさんとウィリアムさんとジャックさんです」
『トリクシーと言うと……あなたがアナスタシアの友達ね。うちの子をよろしくね』
アガーテはトリクシーに顔を向けてそう言った。
馬の言葉はトリクシーには伝わらないので、アナスタシアが通訳すると彼女は「ええ、まかせて!」と胸を叩いた。
その答えにアガーテも彼女を気に入ったのか、眼差しがより優しくなる。
『それで、こんなに大勢でどうしたの?』
「実は……」
促されて先ほどの猫の話をすると、アガーテは少し考えた後、
『それはたぶん猫の王様ね』
と答えた。
馬の言葉が聞こえる三人の目が丸くなる。
「猫の王様ですか?」
『ええ、そうよ。私よりユニやフローが詳しいわね』
そう言ってアガーテは馬小屋の隅にいる二頭に顔を向け『教えてあげて』と言った。
すると二頭はそろそろとこちらに近づいて来る。
まず最初に口を開いたのはユニだった。
『猫の王様なら、ケット・シーだよ。たまに集会を開いているから、それで色んな猫達が集まって来ているのだと思う』
そしてそう教えてくれた。
ケット・シーとは、別名妖精猫とも呼ばれる大きな猫で、銅の星の眷族らしい。
普段は普通の猫を演じているが、二足歩行で動き、様々な種族の言葉を理解し話すと言う。
仲良くなると通訳をして貰えるらしいが、ユニ達は会った事はないそうだ。
『でも、そっか。あれが来ているなら納得したよ。どうりで暑いわけだ』
『そこまで暑くない』
『僕には暑いの』
フローの言葉にアナスタシアは首を傾げる。
「暑さとケット・シーさんは何か関係があるのですか?」
『あるよ。春に行われる集会は、フラワーホースをもてなす会だから』
「フラワーホースと言うと……」
フラワーホースと言うのは、春を告げる白色の毛並みを持つ妖精馬だ。
アナスタシアも以前に馬達から聞いた事があった。
膝から蹄まで白色や薄桃色の花で覆われており、この馬が歩いた場所は花が芽吹くとされている。その様子から、フラワーホースは物事の始まりの象徴とされている。
確かこちらも銅の星の眷族だったかな、と思い出しながら、ローランド達に説明する。
「監査官、となるとウィリアムの言ってた魔性ってのが、ケット・シーかフラワーホースって事になりますかね」
「そうだな。その可能性が高いだろう」
「どちらにせよフラワーホースをもてなす会ですか……」
アナスタシアは頭の中にその様子を思い浮かべた。
足を花で覆われた白馬の周りに、たくさんの猫達が集まっている。いいなぁ、と思った。
ほわほわと幸せそうな顔をするアナスタシアに、
(顔に見たいと書いてある……)
ローランドとシズはそう思った。
『でも珍しいわね。王様の集会はいつも森の中でやるのよ。この暖かさだと、恐らく集会は街中だわ』
「そうなのですか?」
「街中でやれば人が騒ぐだろうからな。物珍しくて」
ローランドの言葉に、それは確かにとアナスタシアは思った。
ふむふむ、と考えていると、フローが口を開く。
『集会があって、フラワーホースが来て。それが領都だと言うのなら、何か意味のある事だよ』
「と言いますと?」
静かに話すフローにアナスタシアは聞き返す。
氷の蹄を持つ馬は軽く頷いて、
『あの馬は『芽吹き』の馬だから。――――これからたぶん、何かが起こるよ』
と言った。
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